HOME   >>  主体性の剥奪  >>  瞠目の書――『漱石―母に愛されなかった子』 三浦雅士
08 10
2016

主体性の剥奪

瞠目の書――『漱石―母に愛されなかった子』 三浦雅士

4004311292漱石―母に愛されなかった子 (岩波新書)
三浦 雅士
岩波書店 2008-04-22

by G-Tools


 瞠目の書である。ひさしぶりにまだ読み終えたくないという気持ちと、早く謎を解いてもらいたいという焦りの相反する気持ちを味わった驚きの書である。

 敬語とそうでない語がいりまじって、読むにくい文であるが、それにあまりある内容がある。よくこんな巧みに入れ替える文を書けるね。

 ふたつの主題のうち、とくに気になったのが、自分は他者からできあがっているということである。母の視点を自分のものとして、はじめて自分を認識できる。自分とはもともと他者なのである。

 ではなぜ人は自殺できるのか。自分は他者によってできあがっているからである。自分を笑うことができるのも、自分で自分を殺すことができるのも、自分は他者の目によってなりたっているからである。そして他人の身になれるのは、自分が他人からできあがっているからである。

 自我というのは、自分のなかに他者の目を育てることである。この見解には目が覚める思いがした。

 グルジェフやハリー・ベンジャミンは、自我というのは「空想上の産物」にすぎないと喝破したのだが、自分は他者であるという洞察は、自分のものとはしていなかった。人は、一個の他者を自己のなかに育てるのである。

 もうひとつの主題は、いまの自分はどうして出来上がったのだろう、という漱石の根源的な問いを探る試みが、漱石の全作品を貫いているという著者の洞察もすごい。

 漱石の作品をわたしは四作品くらいしか読んだことはないと思うのだが、こんな洞察にはちっとも達しなかった。

 漱石は母に愛されていると思っている、だけど幼少期には養子に出されるような愛されていなかったような境遇もおくっている。愛してくれないなら、消えてやるよ、という心のクセ・パターンをくりかえす男女の恋愛関係、不倫関係を頻出させている。漱石は、自分は愛されていたのか、望まれていたのか、たえずいろんな男女のかたちで、それを問うている。

「『三四郎』『それから』『門』を底流しているのは、愛していること、愛されていることに気づかなかった罪であり、さらに、捨てたこと、捨てられたことに気づかなかった罪である。そしてそれはつねに、じゃあ、消えてやるよという論理によって惹き起こされる。つまり、母に愛されなかった子という根本的な主題はいっときも消えることはなかったのだ」



 こういう心のクセが、漱石の作品のなかにさまざまなかたちをとって無意識に現れ出るさまを、この本は抉り出していて、壮観である。かたちを変えて、おなじ問いをくりかえす。

 

「よし事実に棒を引いたって、感情を打ち殺す訳には行かないからね、その時の感情はまだ生きているんだ、生きていまでもどこかで働いているんだ、おれが殺しても天が復活させるから何にもならない」



 まるで虐待された子やアル中の親に育てられた娘が、ダメ男にひかれてゆく心のクセと同じようなことをいっている。漱石はこの自分の心のパターンを解くために、さまざまなバリエーションの男女関係を手管を変えながら変奏したのである。

 そしてそれは、世間や社会に認められようとする承認の問題と重なってゆくことが、指摘されている。母に愛されなかった子供は、世間で認められることを達成することによって、母に認めてもらう、または復讐するようになるのである。世間の承認の原動力、根源をここに認めた。

 これはクリシュナムルティやアラン・ド・ボトンの承認論を読んだこともあって、母の愛、承認の欠如が、世間の承認の大きなエネルギーになるということは教えられていたので、わたしには既知のことであった。だけど、母の愛の欠如から、この人間の根源的なエネルギーを導き出すことは容易ではないとうかがわれる。

 『リッチマン、プアウーマン』という天才的な成功したベンチャー起業家が、捨てた母をさがすというドラマがあったが、母の愛の欠如と、世間の承認は容れ子構造になっているのである。漱石も、母の愛の欠如の代わりに、世間の名声を贖おうとしたのかもしれない。

 漱石が国民作家とよばれる一因になったものは、母の愛や承認論を、目に見えないかたちで潜行させたからだろうか。スリリングで、興味のつきない題材を深く追った書であると思う。

 三浦雅士はこのテーマを、『青春の終焉』、『出生の秘密』という著作で追ってきたそうである。読みたくなったし、漱石の作品も読んでみたくなった。あまりいい読み手でないので、とても読み込めないかもしれないが。


青春の終焉 (講談社学術文庫)出生の秘密私という現象 (講談社学術文庫)他者のような自己自身 (叢書・ウニベルシタス 530)もうひとつの愛を哲学する―ステイタスの不安


関連記事
Comment
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

twitterはこちら→ueshinzz

FC2カウンター

Page Top