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07 25
2016

主体性の剥奪

狂気とともに――『天才、生い立ちの病跡学』 福島 章

406256162X天才、生い立ちの病跡学(パトグラフィ)
―甘えと不安の精神分析
(講談社プラスアルファ文庫)

福島 章
講談社 1996-09

by G-Tools


 子育ての因果の悪い面ばかり読んできたが、天才のようなよい面も読みたかったので、いささか古いこの本を手にとった。さいしょは1976年に出て、84年に出た続本の合本である。

 クラシック作曲家篇と作家篇に分かたれていて、クラシックを聞かないわたしには作曲家篇はぴんとこなかった。作曲家篇が外人ばかりなのに、作家篇は日本人ばかりという構成。

 作曲家篇に顕著だったが、生い立ちの因果律を重点的に追究したという内容ではない。また、このころまでは土居健郎の甘え理論が強い影響をもっていたようで、しきりにそれが話題になっている。

 三島由紀夫がどうしてああいうナルシスト的な強さを求めたのか、ぼんやりとは把握できた。女の子として育てられ、養祖母に貶められていた養祖父に同一化していたために、社会のアウトサイダーや逆張り的性格に同一化し、いつか男性的な強さを復権させようとしたのだろう。

 夏目漱石は国民作家といわれるようにどうして不倫やダメ男をとりあげた作家が支持されるのかと思っていたが、どうも里子に出されて親密性の基礎的安心感が育たなかったことに、その根があるのだろうか。

 漱石に幻聴や妄想があったとは知らなかった。「人の甘えられない不安」がずっとあったということだが、受け身的な甘えの関係と、能動的に愛することができなかった甘えと愛の違いが、ひっかかった。不倫ものをよく登場させたのは、愛の対象がたまたま人の妻であったというより、他者に所属するものであったからこそ愛が生まれたというのは、エディプス的状況の再現・反復であるという。なぜこういう主題が国民作家になるのだろう。

 芥川龍之介は母の発狂による自身の精神病恐怖が、知的で技巧的な創作による防備であったというのは、なるほどだ。創作は発狂をふせぐ防備だったのである。

 川端康成は老境になって性的で背徳的な作品を書いたが、その母性的な甘えの世界に没入してゆこうとする姿勢が、この批評でえぐりとられていた。能動的ではなく、一方的な母の甘えをみたしてくれるような母性的世界。こういう世界が美的感覚の結晶として評価される日本人の感覚。

 かんたんに数行だけまとめてみたが、複雑で多様な題材がとりあげられているから、これだけで語れるわけではもちろんない。読書中にも、多くをくみとられたわけでもない。

 親子関係の働きかけだけで、どういう結果や因果があらわれるのかの即答がほしいのだが、むろんそんなボタンを押せば、商品が出てくるようなたんじゅんな世界はない。


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