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07 07
2016

主体性の剥奪

生き方と価値観の問題――『回避性愛着障害』 岡田 尊司

4334037755回避性愛着障害
絆が稀薄な人たち (光文社新書)

岡田 尊司
光文社 2013-12-13

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 まったく自分のことに思えて気になっていた本だが、親子関係の因果関係のテーマに連なりそうで読んでみた。

 人と親密になるのを避けてしまう、ひとりのほうが気楽、結婚や子どもをもつことに消極的、責任や束縛を嫌う、傷つくことに敏感、失敗を恐れる、という人が回避性パーソナリティーの人だという。

 「で、なにが問題なの?」という読後感。まいどのことながら精神科医に文句をいいたくなるのは、病気の窓からのぞき、そういう人たちに病気のカテゴリーにはめこみ、病者や異常者のレッテルを貼る。そういう社会的権力に目をふさぎ、病名のレッテルを貼ることは、自分たちのふるまいの結果に無頓着すぎる。

 回避的な性格というより、ひとつの生き方であり、価値観であり、人生のひとつの向かい方である。その価値観を断罪して、病者にジャッジする姿勢は、あいかわらず疑問に思える。親密な関係を避けて、ひとりを楽しむのは、病気なのか。

 回避性愛着障害というパーソナリティーというカテゴリーで人格をうきあがらせようとしているが、じっさいにかたちとしてあらわれているものは、たとえばフリーターやジョブ・ホッパー、旅好きな人、またはひきこもりやニート、恋人をつぎつぎと変えたり、結婚離婚をくりかえしたり、といった具体的な人を指しているのか、そこも明確ではない。だいぶ古くに小此木啓吾が指摘したモラトリアム人間も、範疇に入るのか。

 個人主義的に生きることを問題にしているのか。単身世帯の増加を問題にしているのか。それは人生の価値観や生き方の問題でしかないのではないか。病者のまなざしを向けるべきものか。

 もし恋愛や結婚を遠ざける人を問題としているのなら、そこには非正規の不安定労働の増加があるし、恋愛主義的結婚観の破たんや功利性があるし、子どもには働き手や老後の面倒という個人的メリットもなくなったのだから、その方面からの影響も考えるべきである。

 親密性を避けたり、ひとりを楽しむ傾向は、技術や生活環境の向上によってもたらされたのであって、利益や趣向が違う人がムリして家族を形成して役割を分担するより、個人で気楽に生きられるようになった技術環境によるところが大きい。あたかも愛着や親密性が枯渇した、消滅したと危機を表明するより、経済環境がおおいにあずかっている要因が大きいのに、心理的・人格面のみに問題を求める姿勢はやっぱり気に食わない。

 困難に挑戦し、重い責任に耐え、失敗や恥を恐れずに果敢にチャレンジしてゆくことが欠如していることは、たしかに回避性の問題点かもしれない。しかしその重荷や重責に耐える以上の喜びやメリットがあればそれはおこなえるのだが、それが上回らない場合、人は挑戦や責任をひきうけようとはしないだろう。合理性やメリット、非メリットの秤をどうも忘れているような人格概念である。

 まあ、親密性を避けて、恋愛も結婚もせず、ひとりだけの楽しみで生きようとする人間は、世の中から消えてほしいという保守的な価値観をお持ちの人が書いた本なのだろう。

 わたしは自分の回避性に磨きをかけるように、隠遁や脱俗の仏教や、個人主義的な思想などを好んで読んできて、いっそうの回避性を正当化してきたわけだが、それ以上に自分を標準や基準の生き方に抑え込む考え方からラクになりたかった、解放されたかったという面が強いように思う。それらがすべて重苦しかったのである。

 回避性の見本として、著名人のエピソードはなかなか興味深かったが。エリック・ホッファー、ヘルマン・ヘッセ、種田山頭火、キルケゴール、エリク・エリクソン、ユング、トールキン、井上靖と偉人ぞろいで、別種の楽しみ方もできる。

 なにが問題なんですか?と回避性の自己正当化に余念のないわたしは思うのですが。ただ、もちろん回避性を問題とする見方や指摘も、とりいれる部分はたしかにあると思うので、自己正当化ばかりに傾きはしたくはないとも思うのですが。


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レッテル

こんにちは。 この本読んでませんが、この記事読んで、「僕もレッテルを貼るとすれば回避性人格障害かな」と感じました。

レッテル貼ると、そのレッテルの 枠に自分をはめてしまい、窮屈で 不自由にもなりそうです。

確かに環境の変化で、一人でも心地よく過ごせるようになりました。

今 僕は、 「普通がいいという病」(泉谷閑示・著、講談社現代新書)を読んでいて、感じることもあり コメントさせていただきました。
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