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04 25
2016

主体性の剥奪

あなたはどんな動機のために学びますか?

 市川伸一の「学習動機の二要因モデル」が気になったので、ちょっと考えてみたい。


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 生徒の発達段階に応じた動機づけの手法を考える 市川伸一 ベネッセ教育総合研究所


 内発的動機づけと外発的動機づけという分け方があるが、市川伸一はそこに6つの要素をつけ加えて、タテ軸に学習内容の重要性、ヨコ軸に学習の功利性をひいて、その位置をプロットしている。

 内発の典型が充実志向であり、外発の典型が報酬志向である。

 このモデルが大事なのは、下段の報酬志向のような内容分離動機――報酬やほめられるためにおこなうなら、べつにその内容は関係ないし、上段の充実志向になると内容そのもののためにおこなうことになるということである。

 成績や試験のために学ぶなら内容は重要でないのですぐ忘れたり、自分と無関係な記号に終わるといった実感をあらわす図示になっている。


あなたの動機はなんですか


 これは勉強の学ぶ動機について考えられているが、本を読むのでも、ブログを書くのでも、仕事でも、あてはめることができるのではないだろうか。

 あなたが本を読むのはどのような動機からだろうか。

 仕事のために活かしたいなら実用志向になるし、純粋に知的好奇心なら充実志向、優越や尊敬のために読まれるなら自尊志向になる。

 よく量を誇る読書になる人がいるが、この動機なんて自尊志向や実用志向の偏りからおこっている感がする。

 ほかにブログではどうだろうか。ひところブログの承認欲求論が騒がれたが、報酬がないのにブログはなぜ書かれるのかと疑問に思われたからだろう。承認欲求なら、内容はそれでなくてもいいものに傾きがちなので、内容そのものが大事な充実志向から離れることになる。それでアクセスやバズがないと離れてゆくことになる。

 報酬が目的になると内容そのものを楽しむ充実志向が、報酬目的にすりかわり、充実志向が低減してしまうという結果におちいる。

 仕事をする動機がカネや生活のためだけにおこなわれるのなら、充実志向や仕事そのものを楽しむためにおこなわれるのではないので、どんどん内面の充実や楽しみは削がれる。

 基本的に内容そのものを楽しむ充実志向がいちばんいいと思われるのだが、ほかの動機に支えられることも大事だと市川氏はいっている。


動機を分ける意味


 この動機を分ける意味はみずからの動機を知ることにより、なにが目的とされていて、それがどんな結果に落ち着くのかを、あらかじめあらわしているからだ。

 たとえば、報酬志向なら報酬が目当てなので、内容の充実や記憶が重要でなくなり、報酬をもらえばそれは忘れられるか、打ち捨てられる。

 自尊志向や承認欲求も、内容自体が目的ではないので、内容の興味や充実をどんどん低減させていってしまうのではないだろうか。このへんは微妙で、自尊は学びと切り離す方向にすすむだけとは言い切れない気もするが。

 わたしなんて知ることを楽しむだけの知の無限循環におちいっているが、それを実用志向に活かすという方向にいま向かっている傾向がある。

 実用志向は大学が職業訓練化する必要や動きがあるが、文系からは非難されているように、あまり知そのものを身につける、楽しむ教養傾向からは離れるのだろう。内的動因を失うと、知は自分のものにならない実用志向の安っぽいものになる。知が目的ではなく、手段になるからである。


動機は結末を用意している?


 あなたはどんな動機によって知を学んでいるのだろう?

 報酬や実用のためなら知そのものを目的にせずに、知識の楽しみが削がれてゆく傾向を増してしまうかもしれない。

 自尊や関係志向、承認のためも、知そのものの充実、楽しみを目的にしないので、いずれ推進力が枯渇してゆく傾向があるのかもしれない。

 わたしも自尊志向や承認欲求のために知をもとめる傾向もありそうなので、そのへんがどのような結果におちいるか。

 学校の勉強というのは成績や受験のためにおこなわれる典型的な外発的なものであって、知そのものの充実や楽しみにおこなわれないので、自分のものにならなかったり、記憶として残らず、学生を終えればまったく知に興味が向かわない知を破壊するものに転化している最大のものだろう。

 学校って多くの人のみずから学ぶ知の楽しみ、充実を破壊する知の崩壊者にしか思えないのだが。

 内発をもたない学びは、知を道具化、手段化してゆき、知を疎遠なものに、知そのものを不要なものに転化させてゆく。

 動機というのはその結果、結末とセットと考えてよいのではないだろうか。

 内発の充実志向に動機をもっていかないと、知の推進力はどんどん枯渇してゆく。

 といっても自尊や承認を抜きにして知の充実・推進を求めるのはむずかしいばあいもあるので、はっきりと分離・切断できるわけではないのだろう。

 動機というものは、知にたいする態度とその結果をすでに用意するものではないだろうか。知を手段や道具とする動機を持っている人は、動機の訂正と内省が必要なのかもしれないね。


4569618359学ぶ意欲の心理学 (PHP新書)
市川 伸一
PHP研究所 2001-09

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