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02 12
2016

書評 心理学

自分の線引きの失敗?――『分裂病と他者』 木村敏

4480090894分裂病と他者 (ちくま学芸文庫)
木村 敏
筑摩書房 2007-08

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 統合失調症の症状や、なぜそうなるのかということを知りたい初心者的なわたしにとって、衒学的な現代思想や現象学的言説にみちたこの本は難解すぎて、読書としては失敗だった。難しすぎて、意味がくみとれません。

 もう現代思想的な言説を理解しようとする努力をやめてしまって、ふつうの脈絡でも理解できる次元をもとめるようになったからね。

 わたしの統合失調症の興味は、電波や集団ストーカーといわれる他人に監視されていると思ったり、テレビやラジオで自分の考えが放送されていると思うような思考がなぜおこってしまうのかという疑問あたりだ。どうして疑わずにそれを真に信じてしまうのか、理性的に現実をとらえられる一面もある一方で、こういう認識のゆがみももたらされるのか。

 どうも根本的には、「自己が自己自身であることの病だということができる」といっているように、自分を立ち上げることの失敗のようである。

「「自己以前」を「自己」へと創立する時間の病いであることを意味する」といっている。発病の内面の歴史は、「「自己」の確立を求めて挫折した道程の記録となっている」

 自分の思考が抜き取られていると思ったり、集団に監視されていると思ったり、だれかが自分の思考を電波で流しているというのは、頭の中の声や思考が、自分のものか、他人のものか混濁してしまっている。「自分がなくなってしまっている」。

 頭の中の思いが、自分に帰属せずに、他人や外界のものとなっていたり、筒抜けになっていると思ったりする。「わたし」があまりにも希薄で、ゆらいでいる状態といえるかもしれない。

 自分の状態を自分に帰属させずに、他人や外界に読み込んでしまうのだろうか。

 自分と他人、外界の線引きをまちがってしまうのだろうか。わたしだって自分の他人にたいする考えが自分のものにすぎない、他人への怒りが自分の感情環境を最悪にしてしまうという線引きのあやまちを、けっこうな年まで気づかなかった。だけど他人が自分に見えるというような妄想までには発展することは絶対にないのだけどね。

 統合失調症は、わたしとはなにか、わたしをどう立ち上げるか、わたしと他人の線引きに失敗、といえるのだろうか。

 そういう哲学的な問い、立ち上げ方の失敗に思えるのだけど、こういった哲学的問いから問うた統合失調症の本を読みたいと思うのだが、見つかるだろうか。古本屋で探しても、あまりにも見つかる確率が少ない。

 ところで離人症患者の症例は、まったく神秘思想家の言葉とおなじであることも悩ましい。

「目で見るものがとび込んでくる」という離人症の症状は、空海の金星が口に飛び込んできたという覚醒の言葉とまったく同じであり、「物と目とが一体になっている」という状態は、禅者とエックハルトの言葉とまったく同じである。

 統合失調者はときに思考のサラダといった思考錯乱もおこるようだから、覚者とは同列に思えないが、同じ現象を体感しているといえる。


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