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2015

販売・アフィリ

だれも「商品」を買っているわけではない――『失われた「売り上げ」を探せ!』 小阪 裕司

4894511215失われた「売り上げ」を探せ!―商売繁盛の大冒険
小阪 裕司
フォレスト出版 2001-10-01

by G-Tools


 この本こそ、まさに読みたかった本といえるね。

 2001年に出された、もうブックオフで200円、アマゾンで1円で手に入る本だけど、商売の本質的なことが書かれている。わたしはまさにこういうことを知りたかった。

 お客さんは「商品」を買っているわけではない。では「なに」を買っているのか。

 「商品をいかに売るか」と考えている限り、あなたは売れない。

 お客さんやわれわれは商品の「なに」を買っているのか。

 「商品を買いたい人はこの世にいない」とまでいう。「だれも売ろうとしてないから、売れない」という。

 お客さんはもうあふれるほどモノをもっている。お客さんは「教えてくれませんか?」といっている。

 満たされない思いでもんもんとしている毎日から抜け出す方法を、だれかに教えてほしいと思っている。

 自分が加わりたくなる事件や冒険はないか。なにが「楽しみ」か? なにが「生活に別の次元を加えてくれる経験なのか?」。お客さんはそれに対する答えをほしがっている。

 朝起きてから、寝るまで、いつもワクワクした気持ちで過ごしたいと思っている。

 その人生の充実感、満足を与えてもらう一手段として、お客さんは商品を買っている。だから商品を買っているわけではない。その先の人生の充実や満足を買っているのである。

 「売るということは、教える」ことなのである。

 人生の満足や充実、毎日をワクワクして過ごす方法の答えを知りたいと思っている。売り手は商品を通して、その方法を教える「マスター」なのである。

 真の商売人というのは伝道師である。エヴァンゲリストである。そして商売は「ワクワク系のマスタービジネス」であるといえるのである。

 そういうわくわくした、人生の充実を教えられない商品を人は買おうとは思わないし、興味もそそられないのである。商品やモノを売るという発想では、棚に商品を並べるだけに終わってしまい、お客さんに人生の満足や充実を与えてくれるものとして気づかれることはないのである。


 商品やモノを売るということの本質を見事に言葉にしてくれた本である。売るというのは人生の充実や満足を商品を通して教えることであり、だれも商品を買っているわけでも、売っているわけでもないのである。

 この売ることの本当の意味をつかまないと、的外れな売り方に終始してしまうことになるのだろうね。

 売るというのはその先にある人生の満足や充実であり、売り手はただの販売員でなくて、その満足やワクワクを教えるマスターなのである。

 「売るというのは教えることなのである」

 ドラッカーはこういう言葉の言い換えのようなこと、概念を売っているようなことをよくいっていたのだが、その詳細や実感をかみくだいた表現で説明してくれたのが、この本と著者ということになる。

 われわれはだれも商品をほしいのでも、商品を買っているわけではなかったのだ。人生の充実や満足を「教えてもらっていた」のだ。この概念の違い、見えていることの本質をつかまないと、商売は永遠にうまくいかないのだろうね。


 そういう意味でこの本は商品や消費の哲学や社会学を語っていることになるね。われわれはモノや商品を売っているわけでも、買っているわけでもない。それを通して得られる人生の充実や満足を買っている。情動や気持ちを買っている。モノや商品というカタマリ、概念で理解していると、消費や買い物の意味を永遠にとらえ損なうのだろう。


 あなたはモノやサービスを売っているとしたら、ほんとうはなにを売っているのだろう? それはどんな満足や充実を与えているのだろう? または教えているのだろう?

 あなたはブログやツイッターでものを書いているとしたら、読者になにを与えようとしているのだろう? どんなことを教えようとしているのだろう? 人生の満足や充実、ワクワクに届いているのだろうか。


 すこし疑問もある。人生の充実や満足、ワクワクだけが消費や商品の買うことのすべてだろうか。たとえば多数派に属したいとか、ふつうの人の流れに入りたいとか、セレブに属したいとかのある集団に属することの満足を得るために消費がおこなわれることだってあるだろう。

 社会での価値観や重要度、貢献度を測る物差しを得たいという願望から消費がおこなわれるばあいだってあるだろうし、それらはワクワクや人生の充実のなかにふくまれるかもしれないが、もっと細分化した願望や少し異なった願望だってあるかもしれない。ワクワクはぜんぶを網羅できるかは疑問に思える。


 まあ、われわれは「なに」を買っているのかという本質的な問いの答えを与えてくれる本である。われわれは商品やモノを買っているわけではない、という本質を理解することはひじょうに大事である。

 商品やモノを買っている、売っているという言葉、概念で消費を理解することは、われわれが本当にしていることの意味や価値をつかみ損ねることになる。

 商品やモノという「名詞」で物事を理解するのは失敗だ。「動詞」や「情動」で理解されるべきなのである。この書き換えをおこなわないかぎり、商売や消費の本質をつかむことはできないのだろうね。


 ところでこういう商売や商品の本質をおしえてくれたのは、この著者だけの独創ではないよね。ほかにもこのことを本にした著者や本はあったはずだよね。この人、このテーマで一冊の本にしたということは、そういう類書が手近にないと判断したのかな。このフレームワークの変換を、理解するのとしないのとでは大きな違いがあると思うね。



そうそう、これが欲しかった!―感性価値を創るマーケティング人は感情でモノを買うやっぱり! 「モノ」を売るな! 「体験」を売れ!安売りするな! 「価値」を売れ!デパートを発明した夫婦 (講談社現代新書)

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