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11 04
2015

ネット関連

「純文学系」ブログの終わり

 ブログはながらくお金を使わない無料でコンテンツをたのしめる記事発表の場になってきたが、ネットができてから約二十年、金儲けをターゲットにしたブログ、サイトのほうが勝つだろうなと思えた一連のトピック群がおこった。

 


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 銭勘定やPVをあからさまにのべるな、メインターゲットにするなということだが、金儲けやビジネスを目的にしたサイトに、これらの「純文学系」ブログは完全に追い抜かれてゆくと思えた。

 金儲けやビジネスは目標設定や達成成果のフィードバックはなみたいていのものではない。PVの上げ方や記事のバズらせ方、アクセスアップのノウハウなどあらゆる成果達成の方法を蓄積・フィードバックしてゆくだろう。

 そういう戦略にたいして、自分の主張や意見をのべたい「純文学系」ブログはあまりにも牧歌的だ。もちろんアクセスを上げるブログはどういう記事が受けるのか、どういう記事が読者に反応されて、どういう記事がダメなのか、研究したたまものがアクセス向上に寄与しているはずである。

 もう純文学系だけで、アクセス向上や記事バスりなんて、とっくにムリになっているのではないかな。ウケる記事、どんな記事が反応するのかといったフィードバックを考えない純文学系ブログなんて、とっくにネット界隈では話題になることはなくなっているのではないかな。

 そういう意味ではてな界隈で話題になるブログだって、ひじょうに目標達成的なビジネス・ブログに近づいているのじゃないかな。どんな記事が読者がのぞむものか、どんな記事に読者は反応するかとさいしょから考えて書かれる文章はよりビジネス・ブログに近づき、ただブロガーの思いだけをのべたい純文学系ブログなんてどんどん見えなくなっていったのではないかな。


 ■ 「純文学系」ブログと「売り上げ系」ブログ

 「純文学系」ブログを説明せずに使ったが、自分のために、自分の意見や考えを考察・深化することを目的にしたブログのことを、文学の純文学に似ていることから、つけた。

 こういうブログは自分のためにやっているからお金儲けをしているわけではなく、目的でもないし、賛同や反対の影響をあたえること、読者の反応がうれしいからやっていることになる。PVが増えて読者の数が増えることもブロガーのたのしみのひとつである。

 こういった自分の考えを整理したり、読者の影響や反応をたのしむことがブログを書く主要な動機になってきた。だからグーグル・アドセンスを貼ったり、アマゾンのアフィリエイトを貼ることも、まあ副次的なお小遣いくらいいいではないか、金儲けやアクセス呼び込みが目的ではないということができた。

 こういう人たちにはネットが金儲けやビジネスの場であるということが見えないんだな。

 ネットは黎明期から金儲けの場を広げる場所であって、ネットショップや楽天、アマゾンは大きな利益をあげてきた。たいして個人日記や掲示板、ブログ、ツイッターは金銭取引を入れない無料の交流や意見がおこなえる場所と思われてきた。カネや広告目的はご法度という世界だった。だから本音の意見や利益を目的としないじゅんすいな交流や意見ができると思われてきた。

 でもネットはその世界が広がるほど、自分の意見や感想をそぼくにのべるだけでは読者の反応を得ること、大きな反応やバズりを手に入れることはできなくなっている。さいしょから読者の反応や影響を考慮に入れてから書かないと、多くの人の注目を得ることをできなくなっている。

 戦略的、学習的な効果を考慮に入れないともう通用する世界ではなくなっているのではないかな。そういう意味で純文学系ブログも、エンタメ文学や直木賞文学により近づいているのでないかな。それはとりもなおさず、目標達成的な金儲けブログに近づく目線になっている。じゅんすいな純文学系動機ではないよね。


 ■ 「売り上げ系」ブログの強み

 純文学系ブログは自分のために書いている。自分の関心や興味に向けて書いている。だから読者は自分に似ている人か、自分の関心を共有するような人。ときには読者を想定していなかったり、読者の想像などまるでしていないかもしれない。対読者の文章ではなく、対自分の文章や思考である。

 たいして売り上げ系ブログは自分とまったく似ていない、未知の読者やお客を相手にする。相手はまるでわからない他者である。どんなことに興味があり、関心があり、なにがほしいのか、どういうものをほしがっているのか、わからない他者を相手にする。

 なにをおもしろがり、どういうことに興味をもつのか、どういう記事や内容に興味をしめすのか、まったくわからない自分と似ていない他者を相手にする。

 そのために読者の反応や行動、言動などを子細に観察し、フィードバックを高めてゆく。反応の結果の蓄積をなによりもたいせつにする。好評だったり、不評だったりした結果から、記事や書かれるものは選ばれてゆく。

 なにより、さいしょの目的が読者をたのしませたり、注目を集めたり、多くの人の目を引くことである。その結果から逆算された記事や内容が書かれる。自分や自分に似た人の関心をひこうとする純文学系ブログとはとうしょから目的や成果も違っている。

 まあ、たんじゅんにエンタメ系のたのしみや喜びにひっかかるように目的は絞られる。自分の楽しみに書かれた純文学系とは目的や射程はあきらかに違う。そうして、他者の楽しみや喜びにターゲットが絞られたエンタメ記事は明らかに読者の楽しみを増やすのである。

 読者の数や注目をさいしょからターゲットに絞り、成果や戦略から考えられたエンタメブログは、純文学系ブログをかんたんに凌駕してゆくことだろう。

 金儲けブログやPV至上主義のブログは読者の反応の結果をさいしょから計算し、それを目的に書かれる。エンタメ文学は自分の苦悩や関心のために書かれた純文学をはるかに凌駕してゆくのである。

 けっきょくは、売り上げ系ブログやエンタメ系ブログがどんどん勝ってゆくのでないかな。純文学系ブログは忘れ去れるか、ほそぼそと人知れず、運営してゆくということになるのではないかな。


 ■ 「売れない高級芸術」と「売れる商業商品」

 ブログ界隈でたたかわされた売り上げ系ブログにたいする批判は、むかしからほかの業界でもたかわされてきた芸術と商業の相克によくあらわれてきた図式とおなじだ。むかしからいわれてきた図式を、ブログでやきなおしたに過ぎない。というかブログで発見したことは、旧来の業界でもいわれてきたことにすぎない。

 芸術でも売れる絵画は芸術性が高くなく、売れない絵画に高い芸術性が宿っているとかね。

 文学でも純文学は芸術で、エンタメ文学は文学ではなく商業作品だとかね。

 古くは商業や世俗におかされた人たちは、清貧で世俗から距離をおいた高貴な精神にとてもかなわないとかね。欲望を断った人間こそ「聖人」であり、世俗から遠く離れた生活をしている人こそ、「高貴な方」だという評判。

 ブログ界隈でいわれたことも、この金やマーケットにまみれないことが聖人や高貴なことだという意見とおなじだね。

 欲望を断ち、精神の高貴をめざすこと、それこそ聖人君子のめざすこと。

 純文学系ブログは、「中世の隠遁者」や「高貴な聖人」をめざすのだろうか。アフィリエイトを貼らないことがいちばんの高貴さだとう評判でも立つようになるのだろうか。

 さいごにはアクセスゼロでもずっとブログを信じて書きつづけた人は伝説の聖人に祭り上げられそうだ。むかしからの古いホームページでも、どこまでも読まれない記事がいちばん高貴で芸術的だとかね。

 その果てにはディオゲネスとかアッジシのフランチェスコのような人がブログやネット界でもてはやされることになるのだろうか。

 でもネットでいくら清貧や高貴さを詠っても、その人は本業においてやっぱり儲け主義や売り上げ至上主義の会社に身をおいているのではないかな。でないとお金の余裕のない人にネットでの趣味・娯楽に時間と金をかけられない。清貧をとなえる人は本業において、なんの金儲けもせずに生活できているといえるのだろうか。

 ネットに本業の目線をもちこまないから、ネットの儲け主義にものを申せるだけではないかな。ネットを本業にしたら、やっぱり儲け主義や利益主義にならざるをえないのではないかな。


 ■ 他者のたのしみのために書かれるブログ

 もうブログは自分の楽しみや喜びのために書かれるブログは注目されることはなくなってゆくのだろうね。ネットにアップすることは無料なんだから、いくらでもつづけることはできる。だけど、大きな注目を受けることはもうないのだろうな。

 あくまでも読者が読みたい、注目を受けるような目標で書かないともう注目されることは少なくなってゆくのではないかな。というか、もうそういう世界でしかなくなっているかもしれないが。

 さいしょからどういう記事や内容で書けばアクセスやバズリを見込めるか、結果を計算した記事を書かないと注目を得ることはできなくなっているのではないかな。成果主義のビジネスブログであることを割り切らないと、純文学ではもう注目を得ることはむづかしいのでないかな。

 そういう意味で目的をPVやアフィリに絞ったブログのほうが勝算は強くなってゆくのだろうね。

 牧歌的な純文学系ブログはネットでの注目の場をうしなってゆき、ほそぼそと少数の人に見られるだけになってゆくということになるのではないかな。

 もうネットで注目を受けるブログをつくろうと思ったら、成果をさいしょから計算したお客様向けのビジネス・エンタメ記事を書かないと、注目を受けることをできなくなってゆく世界にネットはなってゆくのではないでしょうか。

 金儲けブログをめざしたもの、それに近いかたちをしたもの――ブログで注目を浴びようとするためにはそのようなかたちでしか向かないのだろうね、もう。


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