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10 07
2015

国家と文明の優劣論

中国人の爆買いに文明の一大転換期を感じる

 中国人旅行者の爆買いがテレビなどで報道されることがおおくなったのだが、小売業者や観光業者は大喜びで期待いっぱい、一般の人たちは中国人のマナーや民度の悪さをあげつらって溜飲を下げているような温度差を感じる。

 一般人だって中国人がどんなに日本に憧れているか知れば、べつに喜んでもいいと思うのだけどね。

 この現象は目先の儲けや民度の問題だけではなく、文明史的な曲がり角の一大歴史事件だとわたしは思うのだけどね。



 ■世界の覇権に乗り出した中国

 中国が世界の工場や安い労働力として先進国の下請け立場から一段上がって、消費者として、世界の金持ち顧客として台頭したということの意味は、世界史的にもじゅうぶん大きな意味をもつ。

 日本を「買い叩ける」ほどの購買力をもったということは、中国が世界経済の表舞台に躍り出た、世界の覇権の挑戦に手の届くところまでにのぼりつめたということを意味するからだ。このことが意味するのは文明史的な転換期だということだ。

 かつて日本も三十年前に世界に旅行にくりだして、日本人の購買力で世界を圧倒させて、品やマナーのなさで叩かれた。いまの中国人観光客とまったく同じことだ。

 このとき、日本はアメリカを追い抜いて世界の覇権を握るだろうという予測が世界をにぎわせた。ポール・ケネディの『大国の興亡』やエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』といった本が読まれた。

 その国の観光旅行者が世界に大挙してのりだして、当地の商品を買い占めるときがきたとき、世界の覇権への挑戦舞台に躍り出たということを意味する。日本がそのような世界の表舞台に躍り出たわずか三十年後に、まさか中国が躍り出るとは思ってもみなかった。

 この自国の観光客が大挙して世界に買いに出かけるというささいなひとつの現象は、文明史的な大きな出来事なのである。世界の覇権に王手をかけたという一大象徴なのである。それは自国の圧倒的な力を世界に見せつける瞬間でもある。世界の人たちはその国の購買力の高さに、スーパーパワー国家の出現と、時代の巡りまわりを感慨深くながめることだろう。

 日本が覇権の表舞台からずるずると転がり落ちていったこの三十年のあいだに、中国は圧倒的な勢いで世界の覇権にのぼりつめるまでになった。

 わたしはかつて99年に「豊かになれる者から先に豊かになれ」という中国人の掛け声に、「中国市場化における優越と劣等」というエッセイを書いていた。たった十五年でここまで、世界の覇権に手を伸ばすまでになるとは思ってもみなかった。

 三十年前に日本人が海外に押し寄せてブランド品を買いあさり、世界の覇権を握ると予測されたことが、もう早々とほかの国で再演されようとしている。経験で知っているからこそ、この現象の大きな意味がよくわかる。まさに文明的な転換期の到来がやってきたということだ。

 世界の下請け工場にすぎなかった中国が、圧倒的な購買力をもつ消費者や金持ちに成り上がっていたのだ。世界の覇権は中国の手の内に収まるかもしれないのだ。

 それとも日本みたいに坂道を転がり落ちて、覇権レースから脱落する可能性もいくらでもないわけではない。



 ■世界の覇権のうつりかわり

 ただ世界の覇権はだいたい100年ごとにうつりかわっている。いまは圧倒的なスーパーパワー国家として君臨しているアメリカだって、その覇権はまだ100年にも満たない。

 世界の覇権はだいたい100年ごとにうつりかわっていて、アメリカの前はイギリス、イギリスは覇権を200年保ってもち、その前はオランダであり、その前はポルトガル・スペインであり、その前はイタリアだった。世界の中心、覇権はある程度、規則的に順番に巡りまわっている。


 1900年代 アメリカ ニューヨーク
 1800年代 イギリス ロンドン
 1700年代 イギリス ロンドン
 1600年代 オランダ アムステルダム
 1500年代 ポルトガル・スペイン リスボン
 1400年代 イタリア フィレンチェ・ジェノヴァ・ヴェネチア


 文明は文化の伝播をこのような順繰りで回していき、世界へ最新文化や技術を伝達してゆくのだろう。その象徴的な出来事、ふしめをあらわすのが、購買力をもった自国民が海外でブランド品を買いあさる出来事なのだろう。

 中国は安い労働力、世界の工場として世界から扱われていた立場から、購買力をもつ消費者、金持ちとしての地位にまでのぼりつめた。あとは政治的な覇権のパワーをもつ国になるかの成果が、あらゆる場面でためされてゆくのだろう。もっともスパン的には十年や二十年といった長さで成果が見えてくる気の長いものであるが。



 ■日本は三十年先や五十年先を行っている

 日本は世界第二位の経済大国の地位を2011年に中国に追い抜かれた。

 追い越される焦りや悲哀からか、日本では嫌韓嫌中の本や思想にあふれかえった。こんなみっともない、なさけないひがみ根性で後進国の突き上げにおののくのではなく、後発国と違った一足先に先進国にのぼりつめた文化成熟国家としての道を模索するべきなんだろう。

 中国がいま日本のバブル時代とおなじようなところに立っているとするのなら、日本は三十年先のところに立っていることになる。あるいはまだ高度成長期の五十年前の心性を、中国人はもっているかもしれない。

 中国人は先進国としての日本に大きな憧れをもっていて、われわれがアメリカに憧れたように、中国も日本に憧れて経済成長のパワーを傾けてきたのではないのか。

 日本は憧れや憧憬の目的としてのイメージをもたれているのだ。政治アタマでいっぱいの報道と違って、一般民衆は反日とか政治や国家でアタマをいっぱいにしているわけなどなく、私生活や日常の充実や豊かさだけをめざすものだ。日本はかれらの憧憬と憧れのモデルとして存在している。

 日本は先に豊かになった国として、モデルを提示できる国にならなければいけないのではないか。



 ■文明のエヴァンゲリストとしての日本の役割

 日本は文化発信国として、文化成熟国としての「文明のエヴァンゲリスト(伝道者)」としての世界的役割をになう段階にきている。アニメやマンガで文明のすばらしさは伝道されていたのだが、日本は実生活での豊かさや文化的成熟を伝道できているだろうか。

 けっきょく日本は労働者として縛りつけるだけにとどまっていて、消費者や金持ちの文化成熟を享受できる国民を育てられなかった。文明の豊かさを享受できるライフスタイルを育て上げられなかった。

 文明の頂点にのぼりつめた国は、文明を享受する国としての楽しみや喜びを伝道する役割を歴史に担うのではないのか。

 まあ、キリギリスだよね。キリギリスとなって文明を伝道しなければならない立場だ。「文明を手に入れるためにがんばればこんなすばらしい生活や豊かさが待っている」という伝道をするのが、文明の覇権に手を伸ばした国の役割ではないのか。世界の人たちはそれに憧れて、勤勉にがんばり、豊かさを手に入れようと努力する。

 そんな当の国が長時間労働に苦しみ、文化的豊かさをちっとも享受できず、どんどん貧しくなってゆくのなら、世界に憧れられることもなく、世界からめざされる国とも思われずにそっぽを向かれるよね。日本はどんどんそういう道をたどっているよね。

 金持ちボンボンが文化的趣味にふけるようなものだ。その文化に憧れて、ほかの者たちも押し寄せる。そういう憧憬モデルを伝道する立場に日本はなっている。

 だけど日本は労働者として縛りつけるだけの道をあいかわらず固定していて、そのために文化的成熟や生活の豊かさを楽しめる国になっていない。

 クールジャパンといっても、労働に縛りつけられているだけでは、文化成熟も豊かさものぞめない。豊かな文明のエヴァンゲリストとしてふさわしい国にならないと、文明の伝播と巡回の役割を担えなく、この文明の奔流から早々と弾き出されることだろう。

 日本は豊かな国になった務めとしての転換が必要なのではないだろうか。文明の豊かさや楽しみを享楽する「文明享楽の国」として。


決定版 大国の興亡―1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争〈上巻〉ジャパン・アズ・ナンバーワン中国が世界をリードするとき・上:西洋世界の終焉と新たなグローバル秩序の始まり「爆買い」中国人に売る方法 ―これが正しいインバウンド消費攻略日本が好きすぎる中国人女子 (PHP新書)


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