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01 05
2015

セラピー・自己啓発

世間の逆説でラクになる――『がんばらない、がんばらない』 ひろさちや

がんばらない、がんばらない (PHP文庫)
ひろさちや

PHP研究所 (2013-09-24)


 ひろさちやは数冊読めばもう同じことを語っているようにしか思えないのだが、時間がたてばその精神をわすれていることもあって、あたらしい言葉にふれることは、その気持ちを思い出す効用をあたえてくれる。そういった書物かな。

 ひろさちやは逆説や反語というのかな、「がんばらなければ」とか「~ねばならない」といった背負いにがちがちに縛られた意気込みの呪縛をはずす認知療法とおなじである。考え方を変えて、ほっとする、ラクになるための言葉を教えてくれる。

 いわば「社会で正しいこと」、「めざさなければならないこと」、「しなければならない」といった無意識の呪縛を、言葉の論理によって解きほぐしてくれるわけだ。学校やマスコミ、世間というのは、「しなければならないこと」をぎゅうぎゅうに人に押しつける。ひろさちやの仏教はその反対の「しなくていいよ」といった脱力の方法を教えてくれる。考え方を変える認知療法であり、ほとけや仏教というのはその「方便」と考えてもいい。

 章のタイトルは、「あきらめのすすめ」や「希望をもつな」とか「いいかげんのすすめ」といったものだ。その逆の高いところをめざして追いつめられている人に、肩の力を抜く言葉をかけてくれる。低いところに落ちても人は自分のふがいなさを責めて追いつめる。ひろさちやはそういった気持ちへの解毒剤の言葉をあたえれくれる。

 他人に迷惑をかけまいとがんばる人はりっぱな人だが、でもそういう人は他人から迷惑をかけられることに許せないのではないのか。自分の迷惑を許せないから、他人を許せない。

 幸福に思えたとき、自分は努力したから、善人だからと思ってしまうと、不幸な人にたいして冷たい目で見るようになる。努力しないから、悪い人だから不幸なのだと思ってしまう。幸福は棚からぼた餅であり、思いがけない幸運なんだ、そう思うことがだれも責めない。

 狭い門しか入れない考え方をすると、自分も他人も責めてしまう考え方になってしまう。

 ひとつ思ったのはひろさちやはそういう考え方を「空想」や「虚構」だとなきものにする考え方をあまりもたないことだ。仏教は考えることや言葉を「虚妄」だとしりぞける考え方をもっているはずだ。ひろさちやにはそういう言葉はあまり聞かない。反省するな、後悔しないで仏様に過去をあずけてしまえという言葉も聞くのだが、「無」を積極的に説かないな。


▼タイトル見るだけで価値観の転倒をやっているのがわかる。
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