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12 20
2014

TV評

『Nのために』がサクセス野望物語でなかったわけ

 湊かなえ原作のドラマ『Nのために』は一話目の衝撃度がとても強かったのだが、瀬戸内海の小島から東京に出てきたあたりから減速して、つまらないものになったように思えた。湊かなえは『夜行観覧車』でも設定の巧みさを発揮するのだが、サスペンスでひき伸ばすつまらなさがあると思っていた。だけど、この作品はそれこそがメッセージの核に思えた。


 


 この作品の衝撃は、父から母子たちの家族の扶養義務を捨てられ、自分たちで生きてゆけとつき離される家庭境遇にあった。捨てられた母は父から捨てられた現実を受け入れられず、醜悪なさまを娘たちにさらす。娘の杉下希美(のぞみ・榮倉奈々)は島から出ること、高いところに昇ることの野望を誓う。

 この設定ではハングリー精神に満ちたサクセス物語を期待するものである。しかしこの物語はそのような逆恨み的な野望を果たす物語ではなかった。そこにがっくりときたのだが、どうもそれが原作者の意図であるようだ。

 父から捨てられる母子という設定は、福祉政策を削除され自助努力で生きてゆく新自由主義を思わせるものである。それに対する福祉が充実した国や金持ちの福祉に期待するリベラル・福祉国家主義の対比がこの作品に描かれていると思われる。

 自分たちの稼ぎで生きてゆける父と愛人は新自由主義の勝者である。父から捨てられて愛人の情けにすがる母子は福祉政策にすがる新自由主義での負け犬で、福祉国家のお情けに頼る存在である。

 杉下希美は父=新自由主義から捨てられた怨念をたぎらせて、非情なサクセスの階段を上ろうとするのではないかと視聴者は期待するのものである。

 しかし物語は希美がそのようなサクセスを追いかける物語に移行しない。ぼろアパートの管理人を協同で助けることをおこなったり、愛する者の罪をかばったりする行為が話の中心になってゆく。

 新自由主義の炎をたぎらせる意図は毛頭ない物語なのである。人々がたがいを思いやり、かばい合い、助け合う関係を犯罪サスペンスというかたちで読み解いてゆく物語なのである。つまりはリベラル・福祉国家の称揚を説いた物語なのである。

 逆恨み的サクセス物語を期待した視聴者は裏切られるのである。怨みを原動力としたサクセス物語はここでは発動されないのである。そこに幻滅との裏腹な作者の意図がこめられている。

 違和感のある希美の余命宣告をうけたガンは、死の恐れや孤独を新自由主義や金は救いうるかというメッセージではなかったのか。


 貧困につき落とされた者が怨みやハングリー精神をたぎらせて非情なサクセスを達成してゆく物語というのは、現代にひじょうに期待される物語になっているのではないのか。低成長、非正規、貧困、格差の固定化といった経済情勢はそういった怨念と上昇欲をたぎらせるにはじゅうぶんなお膳立てになっている。

 70年代の梶原一騎的なハングリー精神が充満してもよい時代になっているのである。『巨人の星』や『タイガーマスク』、『あしたのジョー』といった貧困ゆえのハングリー精神に煮えくり返ったサクセス物語が期待される70年代的状況とひじょうに似ている。

 『ハゲタカ』という2007年の高評価なドラマは経済的に捨てられてゆく日本を安く買い叩くことによって日本の復活を信じる非情な男が描かれた。2009年には『銭ゲバ』という貧困からのし上がる男の破滅が描かれた70年のマンガがテレビドラマ化されている。『カイジ』という貧困底辺層に落ちた男の復活劇ゲームは2009年に映画化されている。2004年には成功の頂点から過去の隠蔽したい事柄によって破滅してゆく『砂の器』もテレビドラマ化されている。

 貧困や底辺に落ちた者が上昇・サクセスしてゆく物語というのは、現代にひじょうに希求されており、そのような怨念が過去の似ている物語を復活させるのである。

 しかし過去に描かれたハングリーサクセス物語の多くは破滅したり、破綻している結末が多い。成功・上昇物語がいさめられる、あやまちを指摘している物語が多いのも特徴である。成功物語に人々がエネルギーを鼓舞されることも多いのだが、じつのところ作者の意図はその破滅や否定をふくんでいるばあいが多々あるのである。

 たいせつなもの、捨ててはならないものをかれらは失ってゆくのだといったメッセージがふくまれ、サクセス物語はじつはアンチ・サクセス物語なのであるといったからくりである。

 こういった系譜の中に『Nのために』も位置すると期待したのだが、話の筋がぜんぜんサクセス野望物語ではないのでがっくりときた。けれども、これまでのサクセス野望物語もサクセス段階を視聴者には提供するのだが、メッセージは同じものであったのである。サクセスの段階で失ったもの、切り捨てたもの、見失ったものへの批判や否定がふくまれていたのである。

 これまでのサクセス物語が成功の陰に隠れた捨ててはならないものを陰画的にあらわしたとするのなら、『Nのために』はその捨ててはならないものを表面にあらわしたのである。怨恨や復讐の達成としてのサクセスではなくて、人々が助け合うという真のメッセージを表に堂々とあらわしたのである。

 サクセス物語に否定がふくまれていたのだが、むかしの人はそのサクセスの過程や頂点までの物語を歓迎した。批判の物語を奨励の物語として応援してきたのではないのか。陰画的なサクセス物語は批判より、応援の物語として機能してきたのではないのか。

 『Nのために』はそういった弊害をくみとって、野望サクセスを表面におかないで、作者がのぞむ真のサクセスを目に見えるものとして表面にもってきたのではないか。そしてそれはつまらないものであったのである。


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Comment

「Nのために」

 うえしんさん、深読みし過ぎ。
番組の公式サイトで作者本人が、この作品はラブストーリーです。と言っています。
サクセスストーリーとか、新自由主義とか全然関係ないのでは。
 だからタイトルも「Nのために」。
つまり自分のためではなく、自分以外の大事な「Nのために」行動する。そういう愛の形もあるということをあらわしているんだと思います。

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