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11 06
2014

右傾化再考

納得したけど警戒――『パール判事の日本無罪論』 田中正明

パール判事の日本無罪論
パール判事の日本無罪論
田中正明
posted with amazlet at 14.11.06
小学館 (2013-05-02)



 歴史修正主義といえば、おどろおどろしい危ない見解に思えるのだけど、この本を読んでみると「ああ、そうか。なるほどね。そういえるね」とすなおに納得してしまった。

 歴史観が国家的見解とか政冶になるとどうもはげしい攻防や闘争がくりひろげられるようだが、学問的立場に立てば見解や解釈の多様性は自由であり好ましいものであり、複眼的視点は歓迎されるように思われるのだが、政治ではそうならないらしい。またこういった「日本擁護論」とか「日本正義史観」とかになると、国家イデオロギーの増長とか優越感補強になってしまって、どうも警戒感を増すものになる。解釈自体はべつにさっぱりしたニュートラルなものに思えるのだが。

 この本のパール判事がいっていることはたんじゅんなことであって、戦勝国が敗戦国を裁けるのかといったことだ。戦国時代でたとえればわかりやすいが、勝者の戦国武将が敗者の武将をげんだいの司法的手順で裁けるかといったものだ。

 西欧は植民地侵略で全世界を支配してきたのにおなじようなことをした日本をなぜ裁けるのかといった問いもある。また日本がアメリカに奇襲攻撃をしかけたのは、アメリカが中国に軍事支援をし、「窮鼠猫をかむ」の状態に追い込むことがわかっている石油輸出禁止をおこなったからだといっている。

 戦犯は共同謀議の罪で裁かれたのだが、はたして日本の体制にヒトラーやナチズムのような独裁政権が建立されていたのだろうか。混乱と内紛と不統一が、禍根を招来したのではないのか。

 一国の主権において戦争をおこなう権利を裁ける国家のうえの国際条約を現代はまだ築けているわけではない。戦争をおこなう権利はまだ犯罪ではないのであり、裁けないのである。それをおこなった東京裁判は勝者による敗者への私憤や復讐にほかならない、野蛮への退行であると断罪されている。

 すんなりと納得してしまったし、説得されてしまった。ただ歴史観というのは被害国とのあいだでそうとうにもめるものであり、やはり警戒感やほかからの批判をしっかりと聞いた上でないうえではないと判断はよういに下せないものだろう。

 このパール判事はインド人であって、日露戦争の日本の勝利によりインド独立の闘志にかたく燃えた人である。「西欧VSアジア人」の図式で世界を捉える人であって、東京裁判でただひとり反対した立場の背景がわかりやすすぎる人だといえるだろう。

 この無罪論によってアメリカの裁きの不当性を訴えられるとしても、植民地支配をおこなったアジアへの加害責任は免責されるわけではないだろう。

 なによりこの無罪論によって世界観が変わり、自虐史観や占領史観といったものが消滅し、日本の誇りや自尊心がとりもどされるといった増長国家論がよくわからないし、警戒したい。やっぱり他国の主権を侵した国はうらまれて警戒されるのはとうぜんのことに思える。というか、自己と国家を一体視する心性のほうが疑問に思えるのだけどね。


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