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10 01
2014

右傾化再考

戦争と知識人――『日本人とは何か』 加藤 周一

4061580515日本人とは何か (講談社学術文庫)
加藤 周一
講談社 1976-07-08

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 戦後の日本思想というものをまったく読んでこなかった。アメリカ文化や西洋思想にかぶれても、日本の過去をさかのぼることはほぼなかった。未来を向いているうちはこの国の過去に学ぼうという気にはなれないのが一般的な態度に思える。

 過去が同じ過ちとして未来にやってきそうに思えたときに、あらためて戦前や戦後の思想や経緯について学ぶ気がおこった。未来に再現される恐怖として、近代や戦後の思想を学ぼうという気になった。

 戦後から活躍した思想家として加藤周一はまったく関心をしめしたことがなかったのだが、戦後すぐの思想家ということで読んでみた。この本におさめられているエッセイは1950年代後半、昭和30年代に書かれたものがほとんどだ。

 日本人論はまったく空疎に響いた。興味あるエッセイはさいごの2本で、「知識人について」と「戦争と知識人」という表題。

 「知識人について」は学生のときは知識に興味があるのに社会人になれば、なぜ週刊誌しか読まなくなるのかと問うている。日本人の学生のころに学ぶ知識っておベンキョーのためで、人生の血と肉になるための知恵でも現実にもならないのだよな。

 「戦争と知識人」はあらためて知識人が戦前、戦後にどう戦争に立ち向かっていったのかという態度に強く興味をひかれた。こういう知識人の当時の独白を読みたくなった。

 多くの知識人は、積極的な戦争の支持者でなくとも、多かれ少なからず進んで協力した。

 なぜファシズムを支持したのか。「そのとき大きな役割を演じたのは、明治以来の国民教育の歴史的な積み重ねであり、世界の列強に対する「負けるな、追越せ」という考え方である(中野好夫)」。後段のこの考え方がいま終わっているとはとても思えない。

 戦時中に死地におもむいた青年や学生には自分の死にたいしてどのような肯定の気持ちをもてたのか。自分の死を肯定できるような絶対的な価値とはなんだったのだろうか。避けえない死を肯定するものとしてよりどころとせざるをえなかった思想に京都の哲学者と日本浪漫派の文学者たちがいた。かれらは大東亜戦争を賛美し、神聖化し、絶対化した。

 日本の近代はなぜファシズムに負けてしまったのか。思想は頭だけで理解されたもので、生活に浸透しないし、日本の伝統ともつながっていない。思想と生活意識は乖離し、思想は時とばあいによって捨て去るものとして未練がない。超越的な価値観を日本の近代は生み出すことができなかった。

 言論が暴力的に封鎖されていたにせよ、知識人は徹底的な抗戦や対抗をいどむことはできなかったのだろうか。そればかりかなぜ進んで協力したのか。「国民はだまされていた、知らなかった」といういい訳は知識人には通用しないのである。


戦争と知識人 (日本史リブレット (65))近代知のアルケオロジー―国家と戦争と知識人西田幾多郎の姿勢―戦争と知識人作家と戦争---太平洋戦争70年 (KAWADE道の手帖)日本近代文学と戦争―「十五年戦争」期の文学を通じて


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はじめまして

戦時中のジャーナリストに関心がおありでしたら、正木ひろし「近きより」なんかもおススメですよ。

加藤周一「羊の歌」はいいですよ。
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