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09 24
2014

右傾化再考

「主体」なき戦争国家――『昭和の精神史』 竹山 道雄

412160122X昭和の精神史 (中公クラシックス)
竹山 道雄
中央公論新社 2011-01

by G-Tools

4061586963昭和の精神史 (講談社学術文庫 (696))
竹山 道雄
講談社 1985-07
絶版
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 圧倒的な書物であった。中公クラッシクス収録だから名著と目されるのかなと読んでみたが、文字通り残る本だろうね。中公クラシックスは高いから、中古の講談社学術文庫で読んだ。

 竹山道雄は保守思想家のようで、福田恒存とともに左翼インテリに戦後民主主義を否定する危険な思想家としてかかげられてきたそうだ。

 この本は昭和30年に『十年の後に――あれは何だったのだろう』という表題で、戦争がおこった原因、止められなかった理由などを探った書物で、ほかの多くの論のまちがいも指摘しながら真実にせまってゆく。この論理学が正直、自分には理解がおよばない部分もあったけど。

 明治からの封建遺制があの戦争をひきおこしたという説は否定されるし、ファシズムは行きづまった資本主義の自己強化であるという説も、資本主義の代表者が暗殺されるような自己強化などあるのかと否定する。

 旧日本は言論が不自由だと信じられているが、拘束がはじまるまではきわめて破壊的だったという。辛辣に、無責任に、揶揄し罵倒された。インテリには左翼思想が風靡して、昭和のはじめには「赤にあらずんば人にあらず」といったふうになっていた。

「この自由主義の旧体制の腐敗に反発する軍国的な国家社会主義ともいうべきものは、国外では満州事変となり国内では五・一五事件となって、もっとも劇的に爆発した」



 旧体制、封建制、「天皇制」をのりこえよう、克服しようとした勢力が、戦争の暴発へとみちびいたのではないかという。厳粛な封建的精神や階層が時代によって崩れたからこそ起こったことだ。国全体が多元的なアモルフなものに解体した。ファシズムや一元的統一にほどとおい国家ではなかったのか。

「昭和の超国家主義は、封建時代の継続的発展ではなかった。むしろ、封建体制や精神を克服してあたらしい段階に入った明治の体制を、さらに克服しようとしたものだった。それは否定の否定だった」



 「赤の謀略説」も大きな部分的真理であったというが、アジア解放説もともに、一つの観点による歴史の全体の体制化ではないかと否定する。ここで紹介される三田村武夫の『戦争と共産主義』を読みたくなった。共産主義運動の戦争にはたした役割は大きなものだとわたしも思う。

「すくなくとも軍人は、やがて当初のイデオロギーによる国内改革はなげうって、ひたすら戦争遂行の中に没頭してしまったように思われる」



 ここの接合部がよくわからないのだが、国内革命をめざした青年将校がクーデターをおこし、失敗であるが勢力を握ったために戦争に突入していったという変節がよくわからない。共産主義を満州ではじめ、それを国内革命におよぼしてゆくといった目論みだったのだろうか。

 それが戦争を解決するためにますます戦線を拡大する方向に動いた。主観的には防御していると感じていた。勝たなければ亡国だ。これまでの成果が空しくなる。英霊の犠牲のためには引くことはできない。

 そして戦争をおこしていた体制や中心といったものはこういうものだった。

「国家体制は整然たる一元的ファシズムからは遠いものだった。いな、それは戦時体制からも遠く、日本は戦争遂行の主体すらなかった!」



「近代的な権力分散は、現代線には不むきだった。そして、このように全体的統一がなかったからこそ、無形無名の下克上がはびこって国をひきまわすことができたのだったろうし、また戦争があのような怪奇な様相をもって区別なくずるずると拡大してしまったのだろう」



 中心なき、主体なき戦争国家が戦争をしていたと竹山道雄はいうのである。わたしのとぼしい知識ではファシズムや強権権力が日本全体をおおったというイメージをもっていたのだが、その中央には中心も主体もなかった。あえていうなら、空気、社会的気分といったものが国家を動かし、武力をもったとされる。まあ、日本的集団のすがたともいえるね。


 この竹山道雄の見解がのちにどう批判されて、どう評価されているのか知らない。主体なき国家といえば、極東裁判で責任を逃れようとした戦犯たちが言い逃れのための無罪の主張をあつめたものとも疑いたくもなるが、現代の日本の組織も責任なき主体なき組織ともいえるので不当ではないだろう。

 主題とともに収録されている『手帖』は昭和23年に連載されたエッセイであり、気の抜けた随筆もあるが、竹山自身の戦争体験による「面従腹背」のエピソードなど、『昭和の精神史』に活かされた鋭いいくつかの考察がおさめられている。こういう空気の中では従ったふりをしながら、すこしでも防止や抑制の力をはたらかせるしかないといった独白は、戦争責任者の第一線までもおこなわれていたのではないかと洞察の元になっている。


竹山道雄と昭和の時代昭和精神史 (文春文庫)それでも、日本人は「戦争」を選んだNHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか 上 (NHKスペシャル)「大東亜戦争」はなぜ起きたのか -汎アジア主義の政治経済史-


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