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09 15
2014

右傾化再考

モノから心の豊かさの戦前の陥穽――『日本の文化ナショナリズム』 鈴木 貞美

458285303X日本の文化ナショナリズム (平凡社新書)
鈴木 貞美
平凡社 2005-12

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 文化といういちばんやわらかい部分にナショナリズムは無自覚に入りこむものだと思う。物語であったり、なにに価値をおくかという心情を、ナショナリズムに鼓舞された言動やメディアによって、われわれの価値観・心情はかたちづくられる。文化ナショナリズムは、無自覚なナショナリズムといってもいいと思う。

 この本はおもに「伝統の発明」論によって日本の文化ナショナリズムを探ってゆく各章と、第四章の「帝国の思想」の歴史記述にきっぱり分かれる本である。

 不整合を感じないわけでもないが、第四章は戦争や超国家主義にいたるまでの精神史を追うわたしにとってはひじょうに興味をひかれたし、百科全書的・教科書的な記述は、わたしがもっとも必要としたものだ。こういう本がひじょうに少ないんだよな。

 「伝統の発明」論は、伝統はおおむかしからつづいていたわけではなくて、近代の民族の独自性を問われたときに、あらためて風俗や習慣がつくられるということが多いことを指摘したカルチュアル・スタディーズの研究からあからさまにされてきた。伝統というのはたいがいは近現代のナショナリズムの要請から、「発明」「創造」されたものである。

 わたしは超国家主義になった精神史を追っているから、とりわけ第四章の「帝国に思想」はむさぼり読んだのだが、トピックが多すぎるので、覚え切れないほどだ。

 気になるひとつに、1918年(大正7年)ころから物質的な豊かさより精神的な豊かさを求める「文化主義」がおこったことであり、そのことによって「文化鍋」や「文化包丁」、「文化住宅」が売り出されることになる。物質の西洋と精神の東洋という対比もしきりにおこなわれて、そのために戦時中の失敗によく指摘される客観性をうしなった「精神主義」が横行したのではないか。

 現代でもバブル前後あたりから「モノの豊かさより心の豊かさ」はしきりに唱えられて、わたしもその精神動向の中で生きてきてそれが正義とは思ってきたのだが、戦前の失敗の萌芽にこの思想があったことを見逃すわけにはゆかない。「文化主義」や「精神主義」は客観性や現実性をうしなわせるのである。

 物質主義は個人主義で功利主義だから、もっと全体のこと、他者のことを考えろという説教になり、国家や公共に尽くせというかけ声に変わってゆく。国家のための死ねという思想はすぐそこまできている。

 1904年に生物学者のヘッケルの『生命の不可思議』がよく読まれるのだが、そのころ万物の根源に「生命」をすえる思想がおこっていた。どうもこの思想に国家や皇国に生命をみとめるその後の思想のきっかけになったと思われ、著者・鈴木貞夫は、『生命で読む日本近代』(NHKブックス)という本も書いており、気になるところだ。

 神がかった国家観や皇国観を生みだした思想家に筧克彦や紀平正美という人がいるらしいのだが、こんにちでは名前を聞くことはほぼないし、悪人と称号されているわけでもない。近代デジタル・ライブラリーで読むことができるのだが、かれらの言葉に過ちや論理的矛盾を見いだせるだろうか。


 昭和のはじめに超国家主義やファシズムになった精神史をうきぼりにすることがいまのわたしのテーマである。その点でいえば、この本は満点に近い百科事典的な教科書みたいである。項目が多すぎて摂取できないくらいだ。

 著者のこの本がよく読まれているようには見えないのだが、げんざいの排外主義、ネトウヨ化、政府の右傾化という流れはまさしく戦前に起こったことの二重写しのように思え、いまこそ戦前の過ちに陥らない道を探るべきだと思うのだが、近代精神の再検討がおこなわれているという声は聞かない。

 転落してしまったナショナリズム、国の誇りをとり戻せという声や動向をあちこちに感じるのだが、現代の人は歴史の過ちに学ぶことなく同じ道におちいってしまうのだろうか。戦前がどんな時代であり、精神史をたどったかということがまったく断絶された戦後を生きてきたのがわれわれだからね。


「生命」で読む日本近代―大正生命主義の誕生と展開 (NHKブックス)生命の不可思議 (上巻) (岩波文庫)国家神道 (岩波新書)創られた伝統 (文化人類学叢書)


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