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08 21
2014

右傾化再考

「日本への回帰」の警鐘――『日本精神史への序論』 宮川 透

4314001712日本精神史への序論
宮川 透
紀伊國屋書店 1995-02

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 こういう本こそまさに探していた本である。近代の精神史を通史として描いた書物ってそう見かけない。もう著者も作品もかえりみられることは少ないのかもしれないが、学ぶことはないのか。

 哲学思想史に近いかたちをしているが、近代の通史すら満足に手に入らない。

 橋川文三の『昭和維新試論』は右翼や国家主義者を中心に精神史をたちあがらせようとしたが、この本は「西洋への傾斜」と「日本への回帰」という大枠で描き、その危機の発生や膨張をたどろうとしているかのようだ。どちらかというと、国家主義者ではない哲学思想家を中心に精神史を描いている。

 著者は伝統の実体化の危険と恐ろしさをあらためて確認したといっている。岡倉天心、日本浪漫派などの日本の自己肯定、田辺元の絶対への依拠を唱えた「種の論理」などをあげている。

「それらは、真実の「絶対性」ないし「絶対者」を背後にもたぬ伝統の自己肯定、ないしは体系の構築であるが故に、その社会的な対応物として、地上的な外的権威を想定するか、あるいは要請せざるをえなかった。

日本精神史のこころみは「日本精神」とか「日本的なるもの」の実体化の危険を暴露するこころみでありえたのである」



 著者は昭和30年代後半以降に「日本への回帰」が顕著になりつつあるとして近代のこの精神史を描こうとしたようだ。そういったものがどこから日本の精神史に発生したのか、萌芽の根をもったのか、それが精神史のこころみを要請したのである。大きな転機として、つぎの精神的転回をあげられるのではないか。

「日露戦争後、(一)日本の国際的地位がともかくも安固なものになって、半世紀に亘る憂国的緊張も幾分の弛みと疲労とを来した為め、(二)国際的興隆が必ずしも直に国民個々の福利を意味しないことを、余りにもむごたらしく体験した為め、及び(三)産業界の近代的展開にもとづく自由競争と生活不安とから、思ひ切った利己主義へ駆り立てられた為め、明治四十年頃からの日本人は一体に、それまでの国家至上主義的思想に対して反動的な思想を抱き、甚だしく個人主義的自我主義的な考へ方感じ方をするようになった」



 この日露戦争後の気分は、戦後のバブル頃の若者や国民も同じように感じており、だからこそ近代の精神史はこんにちの将来や展望をうらなう意味でうきあがらせる必要を感じさせるのである。

 おもに大正の教養主義、新カント学派、三木清、和辻哲郎、阿部次郎など多くの精神史トピックに目配せしながら、ファナティックではない方面からの精神史を描いている。一度では覚えきれないから、再読の必要性を感じさせるほど内容は濃い。すこし理解の不足を感じさせる高度な哲学論理もある。

 昭和10年代、「日本への回帰」は体制運動と化したが、批判と抵抗がなかったわけではない。三木清、戸坂潤、清水幾太郎、永田広志、三枝博音、羽仁五郎といった人たち。

 三木清は日本的性格とは、「発展段階における相違に過ぎぬものを民族的特殊性そのものの如く穿き違へる」ことから生じたものにほかならぬ。彼等が日本的なものとして唱へるものは封建的なものであり、そして彼等が西洋的なものとして斥けるものは近代的なものである」場合がしばしばである、といっている。

 あるべき日本的性格とは、「西洋文化の徹底的な研究と同化」の方向に、「寧ろこの方向に突き抜けることによってそれを求めるほかないと思はれる」。伝統の自己否定をつうじてのみ、あるべき「日本的なもの」が顕現するのではないかと三木清はいっており、戦後の加藤周三や丸山真男を先取りするものとして傾聴すべきではないかと著者はいっている。

 著者の本書をつらぬく危惧はつぎのようなものである。

「またしても擬似的な絶対を要請することによって伝統の自己肯定を行おうとしているのである。真実の「絶対性」ないし「絶対者」を背後にもたぬ、有限な人間による伝統の自己肯定、ないしは体系の構築が、その本性上、社会的な対応物として地上的な外的権威を想定せざるをえないこと、そしてそれがいかに誤り多く罪深いものであったかということを、われわれは十分に学んできたはずである。

<日本的なるもの>を固定的実体的に把握するこころみは、内面的なものを外面化する、内なる権威を外なる権威として表象しようというこころみとして生じる。ここに政治的な反動は台頭し、伝統は死物化し、死物化されることによって盲目的な非合理物に転化する」



 1966年に発せられたこの警鐘は、時をへて韓国へのヘイトスピーチや嫌韓本、自画自賛の日本人論、右傾化といった流れによってふたたび耳を傾けるべき時代にもどりつつあるのでないのか。


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