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08 13
2014

右傾化再考

戦前に議論と批判がなかったわけではない――『日本ファシズム論争』 福家崇洋

4309624448日本ファシズム論争 ---大戦前夜の思想家たち (河出ブックス)
福家 崇洋
河出書房新社 2012-06-09

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 戦前はファシズム一色にそまったわけではなくて、批判や警戒の態度をもっている人もたくさんいた。先に近デジで昭和11年に出された木下半冶の『日本ファシズム』を読んだし、昭和9年には河合栄治郎の『ファッシズム批判』という本も出ている。×印の伏字もだいぶ多いのだが。

 読後感としてはちょっとおもしろみはなかったかな。もっと壮絶な抵抗や葛藤を読みとれるようにも思ったのだが、その点が弱かった気がする。この福家祟洋という人は『戦間期日本の社会思想』という本も出しており、中島岳志にちかい問題意識をもっているのかな。

 日本のファシズム受容としてムッソリーニは英雄視されたのに対し、ヒトラーには批判や警戒が強かったようだ。

 ファシズムを「大工業の、および金融資本の独裁」と捉える人もいて、体制自体をファシズムと見なしているわけで、ファシズムの定義、概念も一枚岩ではなくて、立場や思想によっていろいろな見え方・捉え方をされるものなのだろう。いまだって不都合な敵方が強権になったときにファシズムと非難されるのだし。

 国家社会主義者の高畠素之だってこういっている。「デモクラシーもしょせん少数支配であり、投票というトリックによって「独裁専制」をカモフラージュしているにすぎない」

 戦前はファシズムより共産主義が興隆し、この浸透と弾圧こそがもっと大きな問題であったのだが、1928年には三・一五事件と四・一六事件とよばれる共産主義者の大弾圧で、検挙者は数千人にのぼった。治安維持法は改正され、死刑も可能になった。1938年には人民戦線事件によって446名が、翌年には38名が治安維持法で検挙された。この意味のほうが戦前には大きかったのだと思う。

 わたしの疑問にはファシズムや全体主義を正当化するような論理や精神はどう組み立てられていったのかといったことが大きいのだが、文学者の中河与一が明解に説いている。「解決として」の全体主義だ。

「精神運動とは何であるかと言えば、人間が精神によって生きる事の最も美しき事を説き、精神に生きる時、初めて物質の困苦をも、世間的苦痛をも征服して、崇高の行いを人間がなし得るという事を知らしめる事である。

まづ自由主義が個人の利益のみを主張して自由なる経済競争によって弱い者を虐殺する時、全体主義は全体のものが調和して全体の幸福を願い生きる事を云うところの精神主義である。

また、共産主義が物質の平均という事を革命という暴力と争闘によって断行しようとする時、民族的全体主義は同胞の観念を強調する事によって、道徳的に貧富の差を緩和せんとするところのものである」



 格差や貧困、または共産主義までが、精神的な全体主義で解決、克服できるという。昭和の日本は恐慌や貧困、格差によって共産主義運動や労働争議がさかんになり、そうとうに荒んでいた時代であったと思う。そこに精神的な全体主義の解決をめざす考え方がしのびこんできてもおかしくはない。一筋の曙光を感じさせるものであったか、それと共産主義があまりにも激しくてそれをつかまざるをえなかったというべきか。

 戦前は軍部ファシズム一枚岩ではなくて、それにいたるまでの批判、論議がまったくなかったわけではないことがわかる本である。あまりにも黒一色にそめあげていたらブラックボックスになってしまって、そこにいたるまでの経緯、精神史の道のりを現代に再現しかねないという危惧がある。


戦間期日本の社会思想―「超国家」へのフロンティア日本ファシズム論日本ファシズムとその時代―天皇制・軍部・戦争・民衆日本ファシズム研究序説近代日本の文化とファシズム―竹山護夫著作集〈第5巻〉 (歴史学叢書)


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