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07 26
2014

右傾化再考

戦前と戦後はどうして下り坂時代の共通のわだちを歩むのか

 バブル崩壊以後の下り坂時代のわだちは、戦前の大正・昭和といった時代にも同じようなわだちをたどることができる。そのために大正・昭和時代の本の読書がやめられないのだが、おおきな特徴を描いておきたいと思う。

①国家目標の達成と喪失

②青年たちの自分探し、煩悶の時代

③格差、貧困、金権政治

④無差別殺傷事件、テロ事件

⑤国家自尊心の再興・右傾化



 戦前も平成も国家目標のいちおうの達成によって、下り坂時代をむかえている。目標を達成してしまえば、結集や持続の力もうしなわれて、漂流しはじめる。

 明治は富国強兵の目標、戦後の昭和は経済大国の目標。頂点にたどりつくころには青年たちに疑惑と不審がいきわたっており、明治では「高等遊民」や「閉塞状況」という言葉によって捉えられ、昭和後期では「無気力」、「モラトリアム」、「フリーター」といった言葉で捉えられている。もう国家目標に添えない若者たちが足元の地盤をくずしているのである。

 平成になってバブル崩壊後のリストラによって多くの中高年が自ら命を断つことが多くなった。近代の終焉を迎えてしまって、「さみしい大人たち」は目標やよるべきところをうしなってしまったのである。平成はポストモダンをむかえたといえるのだが、明治後半にも第一回目のポストモダンをむかえていたといえるのではないのか。

 平成の下り坂時代には「自分探し」の時代がやってきた。海外旅行や自己啓発、フリーター漂流などで自分の生き方を探った。明治後半には「煩悶」の時代とよばれ、青年たちは哲学や宗教などに迷いの先をもとめた。与えられた国家の目標に結集できない若者たちは自らの道を探るしかなかったのだが、個別的な探究ゆえにいぜんの国家目標のような熱中や集中を世間にもたらすことはなかったのである。

 平成の世は「就職氷河期」の時代とよばれ、非正規という企業や国の保障にあずかれない若者たちを大量に生み出し、「格差社会」や「貧困」が社会問題になった。明治末の石川啄木も、大卒者の半数は職がないと嘆いていた。

 大正・昭和初期にも凶作や恐慌が都市貧困民や農村をたびたび襲い、労働争議や社会主義運動、プロレタリア文学がおこったのだが、首相が一年ごとに変わるという現代にもあったような政治の無能ぶりや無策ぶりを露呈され、改革や革命の気運はもりあがりつつあった。

 下り坂時代と未来の見えない時代の平成の世に、オウム真理教事件や無差別殺傷事件がたびたび世間を騒がせることになった。平成の世は、「モノの時代から心の時代」というかけ声のゆえにこれらの事件は「心の闇」といった心理学的見解で見られることが多かった。問題があるのは個人の心の内部であって、人々はトラウマといった内閉的な理論に満足していた。

 これらの一連の事件を大正・昭和初期に対置してみると、この時代には国家権力層をねらったテロが頻発していたのである。富豪や首相、大臣などが暗殺のターゲットにされた時代があったのである。世は労働争議や社会主義、プロレタリア文学の時代である。既成権力を総抹殺して、あたらしい体制を打ち立てるといった気運と危機が、この時代をおおっていた。

 対して平成の世はノン・ポリティカルで、ポップ・カルチャーの時代である。若者は政治に興味がなくて、政治に実行能力を期待してなくて、個人的幸福、個人的功利に満足する時代である。したがって政治に責任を問うより、個人の能力や資質に問題がもとめられ、人々の怨嗟や憎悪の声はかき消されていった。戦前にくらべて平和な時代だったのか、それとも禍根をより残すようになったのかはわからない。

 下り坂の時代は日本の経済競争力をどんどん落としてゆき、かつての経済大国の自負心を生まれたあとに一度も知らない世代が育ってゆく。韓国や中国に経済力の追い上げを喰らい、2011年には中国にはGDPの二位の席を奪われてしまった。

 自国の自尊心消失のころと時を同じくして、歴史観や民族観に自尊心をとりもどす動きや活動が目立ってきた。自虐史観をかなぐり捨てて、自由主義史観をとりもどせといった活動が、人々の心をとらえる。

 戦前においてはそれは復古思想や右翼思想団体の活動といったかたちであらわれていた。欧化と国粋というかたちでの対立は明治からあったのだが、大正・昭和と時をへるにしたがって、右翼思想の台頭がおこるようになる。政府や財閥は社会主義運動を弾圧するために右翼団体にカネを流していたという話もあり、その流れが軍部と手をむすんで、のちの政府の方向を期せずしてつかんでゆくことになるのである。

 大川周明はちょうど明治のピークのころに成人し、その後の没落や煩悶の時代を生きた青年の典型だということができるかもしれない。大川は日露戦争に勝利したアジアの解放者としての日本を、「アジアの指導者」として「再興」しようとした第二の国家目標を打ちたてようとした男だということができると思う。その第二の国家目標がその後のアジアや日本に惨劇をもたらすのだが。

 平成の世も国家の自尊心をとりもどすべくネット右翼とよばれる人の台頭や、自尊的国家観の復権、右傾化と警戒されるかずかずの運動がおこってきた。ヘイトスピーチなどは他国を蔑視することでしか保てない自尊心の心細さが見えてくるかのようだ。

 人々は下り坂の時代を個人的幸福をもとめるという方向でしのいできたのだが、多くの個人で抱えきれなくなった人たちは国家や集団というかたちで自尊心をとりもどす方向に回帰したいかのようである。個人の幸福を追求し、国家の介入を嫌悪する人たちが大半に思えるのだが、下り坂時代の自尊心や生きがいを見いだせず、生きる価値を見いだせない人たちはより大きなものへの力に頼り、もとめるようになるかもしれない。

 その閾値が決壊して、おおぜいの人が逆転するような契機がなにかでおこるのだろうか。戦後の人たちは高圧的な軍部や政府に戦争にかりたてられていった被害者としての視点で先の戦争をとらえているのだが、この歴史のアナロジーでみてみると、国家的自尊心の再興をもとめたのはわれわれ自身ではないのか。戦前ではその再興のこころみが、凄惨な未来をかたちづくったのではないのか。

 現代が戦前とおおいに異なっている点は、現代がとてつもなく非政治的で、個人主義的である点である。おおぜいの人は国家主義などに目もくれず、個人的幸福を追求している。ネット右翼やヘイトスピーチなど一部の人たちだけの話と思っている。ただこの勢力が権力をもったり、逆転する日がいつか来るかもしれない。

 日本の歴史を見るところ、一度目はおおいに成功するもののようだ。しかし二度目の再興・復興はおおいなる惨劇をもたらす。第二の再興者たちが同じわだちを踏まないような警告をしめすことができるだろうか。

 現代と戦前のたどった精神の道が似ているように見えるのは、国家目標の喪失とその後の精神の流れが同じような反応をへているからだろう。基本的に日本は国家的自尊心の消失にどう対応するかという同じ問題にまたもやつきあたっているのではないのか。


同じ問題意識だと思われる中島岳志
朝日平吾の鬱屈 (双書Zero)血盟団事件秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫)アジア主義  ―その先の近代へ帝都の事件を歩く――藤村操から2・26まで


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