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07 04
2014

右傾化再考

モラトリアム、自分探し、就職難、殺傷事件、右傾化――すべて明治末~昭和初めの話

 バブル崩壊からげんざいにおこった精神的なことがらは、すべて明治末から昭和はじめの日本においてもおこっていた。

 戦前は軍国化というベールに覆われて目を背けることがおおいのだが、げんざいの精神状況がどうなってゆくかと占う上で、明治末からの精神史をもう一度復元してみることはとても大切だと思う。


国家目標の終り

 げんざいと明治末からの精神状況が似ているのは、国家目標の終りによるところが大きいのだと思う。それが終ってしまうと人々は寄る辺をうしない、目標を見失い、無目的にただよいはじめて、精神的に弱くなる。それが国家目標の終りによってひきおこされてしまう。

 明治末は日露戦争に勝つことによって西洋列強にならぶという明治維新からの夢はだいたい達成してしまった。現代でも戦後の経済大国への夢はバブルころにアメリカの経済力と肩をならべることによって達成してしまった。そこから人々の精神的紐帯は瓦解することになる。

 それは若者に顕著にあらわれることになり、明治末では漱石が「高等遊民」というモラトリアム青年を登場させ、啄木は「時代閉塞」(明治43年)を嘆いた。現代では、モラトリアム青年がバブル以前に問題になりはじめ、フリーターやニート、ひきこもりといった流れが生まれてくる。

 青少年のあいだではすでに国家目標が終わり、あるいはその夢を共有できず、人々の精神はあてもなくただよいはじめることになる。日露戦争ころにはハウトゥものや成功哲学などの個人的成功が追求され、国家的目標はすでに青年が追うものではなくなっていた。

 バブル崩壊後、村上龍は近代化が終ったのだからそれをアナウンスすべきだといっていた。バブル崩壊、金融連鎖倒産の年に中高年の自殺者の高止まり状態がはじまる。


明治・大正の「自分探し」

 明治末から大正にかけて「煩悶青年」といった言葉がブームになった。漱石が「神経衰弱」といった病をしきりに気にしたり、青年は哲学的な問いに思い煩い、または宗教に救いをもとめ、「千里眼」のオカルトブームもおこった。人生をどう生きるべきかといった問いに悩ませた。それは大正の「自分探し」の旅である。大正教養主義といった流れがあてはまるだろうか。

 第一次世界大戦は戦争景気をもたらしたが、その後は戦争恐慌や関東大震災、金融恐慌、世界大恐慌といった波がつぎつぎとひとびとを襲う。都市労働者の貧困や困窮がきまわり、農村恐慌が農民を疲弊させ、女工の労働待遇のひどさや虐待が世間をにぎわせ、労働争議や社会主義運動、政府の徹底した弾圧、虐殺などによって、世の騒乱も混迷をふかめていった。

 小津安二郎の『大学は出たけれど』は昭和4年、1929年、大恐慌のおこった年の作品である。格差社会や就職難の時代は現代だけではなくて、大正や昭和はじめをおおっていたのである。しかし労働条件や都市零細民の貧困、困窮といったものは現代の比ではなくて、労働争議や社会主義運動がおおくの人々をかりたてた。

 国家目標の終りは若者たちの立身出世の道が断ち切られることでもある。学歴社会による平等な階層上昇の夢は断たれて、若者たちはだから煩悶に悩み、哲学や宗教に生きる道を問うたのではないのか。立身出世の道を明治以降の国家が提供できなくなったから、人々は社会主義によって世の中を変えようとして、しかし政府は徹底的に弾圧したのである。

 現代では学歴上昇の道は反発されることが多く、若者たちはマンガやお笑いといったサブカルチャーに人生の目的や愉楽をもとめた。そして政治や社会主義運動に制度の変更をもとめるわけでもなく、ひたすら非政治化している。そして心理主義化や自己責任といった個人化・自閉化に責任を帰す自罰的な社会になっている。


無差別殺傷事件と大正・昭和テロ

 バブル崩壊後の金融恐慌がうわさされるころにつぎつぎにおこる無差別殺傷事件が世間をにぎわせた。「心の闇」といった心理的要因に原因はもとめられ、政治や経済に問題がもとめられることはすくなかった。格差社会によってひきおこされとする無差別殺傷事件もおこったわけでもないが、衝動はまったく非政治的次元でおこなわれた。

 共通項のおおい大正・昭和に符号させてみると、政財界のトップをつぎつぎと狙う政治的テロが頻発していたのである。大正10年、1921年に財閥当主が暗殺され、ときの首相も刺殺された。犯行犯の遺書には元老や政財界のトップといった明治からの既得権力層にたいする総抹殺の思想をもっていた。

 それは社会主義思想の流れから生まれたと考えられるし、困窮や疲弊してゆく国民にたいする革命の意志をもっておこなわれた。

 明治・大正の煩悶青年たちが人生をよりよく生きようとして、社会変革をのぞみ、社会主義に身を投じ、その後、超国家主義へと流れていったのかはっきりとはわからない。ただ超国家主義への道をきりひらいた者たちの軌跡には、自分探しや放浪の痕跡が残されているのである。

 こういった国内閉塞を打ち破ろうとして満州侵攻はおこなわれたのではないか。社会主義への政府の弾圧は日に日に増し、そして軍部の青年将校によるクーデターやテロとつながっていったのではないか。

 政財界は腐敗し、無策や無能さをさらし、私腹を肥やすだけである。改革をめざした社会主義も政府に弾圧される。北一輝は中国革命を目の当たりにし、軍力によらない革命をあきらめ、軍部の青年将校と手をむすび、あるいは影響をあたえてテロをひきおこし、軍部が国家権力の中枢を担ってゆくことになる。政財界にはまかせられないから清廉な軍にまかせるといった思想もあった。


現代の右傾化

 現代、右傾化がまた心配され、ヘイトスピーチといった排外思想もおこってきた。近代と現代の符号はモラトリアムの時代によって教えられたのだが、その後の符号をたどれずにいた。こんにちの右傾化によって近代右翼思想がその流れを復元してくれることに気づいた。

 こんにちの右傾化とは戦後の経済的自尊心を満たせなくなった世代が、民族なり自文化・歴史による自尊心回復をねらった試みのように思える。経済的国家自尊心は地に落ちた。その代わりの自尊心が必要というわけである。

 戦前にもこのような心理的情勢があったのだろうか。それが中国侵攻、対米戦争へと駆り立てていったのだろうか。日清・日露による列強にいならぶ自尊心はとうのむかしの世代によるものである。国内情勢は悪くなるいっぽうだ。社会主義によってあらたな仕切りなおし、世直しを敢行できなくなった世代は、そのつきあげるエネルギーを海外侵攻・戦争へと放出するしかなかったのだろうか。

 ある意味、立身出世の失敗や自分らしく、人間らしく生きようとした回路の断絶・切断が、人々を惨劇に追いやったかのようだ。情勢や国家はそれを提供できなくなっていたのである。それがナショナリズムとむすびついたとき、狂気にみちたウルトラ・ナショナリズムへと昂進していったのではないか。

 明治末から昭和はじめの時代は現代のゆくすえをあらわしているように思えてならない。


時代閉塞の現状 食うべき詩 他十篇 (岩波文庫)橋川文三セレクション (岩波現代文庫)昭和維新試論 (講談社学術文庫)血盟団事件近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)


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