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06 26
2014

TV評

『眠れる森』の家族殺害の心理的解釈

 You Tubeで中山美穂主演の『眠れる森』が見れるようになっていたので、98年から十数年ぶりに通して見た。記憶をなくした女性が結婚を前に過去の記憶や家族の殺人を思い出し、向き合ってゆくドラマである。


 


 中山美穂がしっとりとした大人になっていてうつくしいw 98年ころに流行ったトラウマや心理的な題材をテーマにとったドラマである。記憶がフラッシュバックしてゆき、家族を殺した真犯人はだれだったのかというサスペンス調で展開してゆく。

 ネタバレ全開でいきますので、すでに結末を知っている方のみお読みください。

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 これは直季(キムタク)、由理(本上まなみ)、敬太(ユースケ・サンタマリア)が家族を惨殺した三角関係をげんざいになぞっており、ふたりを羨んだ敬太が、家族を嫉妬で殺した輝一郎(仲村トオル)に対応しているというわけである。

 美那子(中山美穂)が家族を惨殺した殺人犯と婚約をしていたという事実はじつにショッキングである。それを知ったときに自分を赦せるだろうか。結末を知った上で、さいしょから見なおすとじつに美那子が痛々しい。

 このドラマの解釈はどうなるのだろうと思っていたが、トラウマなどの心理的な題材、ペロー童話、グリム童話の『眠れる森の美女』をベースにしているなら、とうぜん心理学的な解釈もできるはずである。

 『眠れる森の美女』の解釈を、ブルーノ・ベッテルハイムは荒々しい思春期に向かう前の停滞やひきこもりのような時期も必要だといった物語に解釈している。少女から大人の女性へと成長する段階の話なのである。

 美那子は家族の惨殺というショッキングな事件のために催眠療法でその記憶が封印され、べつの記憶、直季の少年期の記憶が植え込まれたことになっている。これは男性的な原理で思春期に立ち向かうといったことが語られているのだろうか。

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 美那子は家族を殺した殺人犯と婚約するショッキングな道すじをたどっているのだが、しょうしょうつっこんだ解釈をしてしまうと家族殺しというのは少女が大人の女性に自立する前に必要な心理的な象徴だともいえるのではないか。父や母の保護や依存をたちきって、少女は大人になってゆく。

 もちろんこのドラマではじっさいの殺人事件なのだが、おとぎ話や寓話と見なすのなら、そういった心理的解釈の次元も可能だろう。おとぎ話の次元では物語の登場人物がすべて主人公の心の中のできごと、自我を象徴するなにかだということもできる。他者も自己の内部のなにかなのである。

 そうすると嫉妬で家族を惨殺してしまった輝一郎というのは、家族を羨んだり、嫉妬した美那子「自身」の象徴的な抹殺であり、子どもが大人へと成長する前に断ち切らなければならない家族の保護や依存のことだということができると思う。

 つまり真犯人は美那子自身なのである。そしてそれは子供が大人へと成長する前に必要な親への依存、保護から脱出するために通過儀礼――心理的な象徴を担っているのではないか。

 少女が家族に嫉妬したり、羨んだりして家族を憎んで抹殺したいと思ったとすると、そのはげしい感情は幼い少女にはまだ受け止めることができない。それゆえにその感情、記憶は封印され、忘れ去れる。それがこの「眠れる森」のことであり、このドラマでは心理療法で記憶を消され、おきかえられたことになっている。

 つまり子どもは大人へと成長するさいに心理的な「親殺し」をおこなって自立してゆかなければならない。親殺しをソフトにいえば、親への依存や被保護の気持ちを減らしてゆくことである。このドラマでは早すぎた親殺しがショッキングすぎたために記憶の抑圧、退行が必要だったということになる。

 物語は輝一郎という真犯人のおきかえをすることによって、視聴者はオブラートにくるまれた親殺しの代償を心理的に学ぶ、過程を経験するといった体験をうけとる。つまり親殺しを想像上で代替してもらい、準備するのである。

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 このドラマで輝一郎も敬太も殺人を犯す動機が嫉妬である。愛し合ったふたりを羨んで、かげがえのない女性を無きものにして自分のものにしてしまおうとする。これを美那子自身の嫉妬と見なすのなら、姉への嫉妬が抑圧されていたということになるだろう。

 嫉妬心と向き合って、自分のものとして、のりこえてゆくこと。この物語の主要な核はそれがテーマだったのではないか。

 輝一郎は母の幻影にまだ囚われ、母の独占欲からのがれられない青年になっている。つまり母殺し、母からの自立をなせずにとどまっている青年である。

 直季もラストで腹を押さえ、死んだかのような結末をむかえる。これは直季自身も親殺し、親からの自立になんらかのかたちで失敗したと読めるだろうか。

 あるいはこのふたりの男性すらも美那子の心の中の男性原理の象徴であって、見守り、助ける役割の男性原理がその役目を終えて自我の中から必要とされなくなったとも解釈できるだろうか。

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 現実では親や家族を殺すことは凶悪な犯してはならない重大事件である。しかしこれは物語であり、なんらかの象徴や寓話が語られているのである。

 美那子は自分の家族を殺した真犯人と婚約し、結婚しようとしていた。リアルではそんな自分を知ってしまえば、汚い、赦しがたいことに思えるはずである。だけど心理的には少女が大人へと成長するまでに超えなければならない心理的な紐帯を断ち切る象徴のことである。子どもはだれだっていつか親を殺さなければならないのである。心理的な意味で。

 この物語は現実の殺人犯を追うというサスペンスのかたちをとりながら、心の中での象徴的な親殺しをおこない、成長してゆくプロセスを無意識に与える物語になっているのではないだろうか。わたしたちは無意識下でそういった解釈をうけとるのである。


眠れる森 DVD-BOX
ポニーキャニオン (2005-03-16)



昔話の魔力
ブルーノ・ベッテルハイム
評論社






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