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06 24
2014

右傾化再考

戦前とそっくりな道すじをたどっている現代

 ちかごろずっと近代思想あたりを読んでいるが、それは戦前にたどった道が現代とそっくりだからである。将来をうらなう意味で、戦前の精神がだどった道を知らないわけにはゆかない。

 戦前が現代に似ている指摘を最初に知ったのは、89年の稲村博の「高等遊民論」からである。ひきこもりの源流であるアパシーや無気力を研究していた人で、斉藤環の師匠である。

 戦前は国家目標が達成された日露戦争あたりに無気力な「高等遊民」があらわれ、その後に軍国化の暗い道を転げ落ち、40年後には敗戦というカタストロフィーをむかえた。

 戦後もちょうど40年をすぎたあたりにバブル経済という戦後の絶頂期をむかえ、そのあたりにフリーターやニートがあらわれ、その後、坂道を転げるような不況や下落をたどっているのはご承知のとおりだろう。

 つまり日本は国家目標を達成すると、おかしくなって坂道を転がり落ちる。

 ということで以前から戦前が坂道を転がり落ちた精神の流れをずっとたどりたいと思っていた。だけどアプローチのうまい道すじを見いだせずにいた。

 この戦前と現代の符号には、この下り坂の時代に戦前では関東大震災(現代では阪神大震災)や三陸大津波があり、また幻に終った東京オリンピックなどがある。自然災害まで現代に似ているのである。

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 ちかごろヘイトスピーチや右傾化といった現代の流れからふたたび戦前の歴史をさぐってみようという気になり、戦前の右翼思想をたどってみると、なかなかつながる糸を見いだせなかったその後の精神の流れを復元できそうに思ってきた。

 漱石の高等遊民、石川啄木の『時代閉塞の状況』のあとを結ぶ線は、右翼思想ではなかったのか。明治の終わり、大正時代に人生に煩悶した青年たちは、昭和初期にかけて右傾思想にのめりこんでいったのか。

 この間におきたいひとつの象徴的な出来事が、97年ころからおこった少年たちの無差別殺傷事件である。現代の理解では心理学的な「心の闇」といった捉え方をされたのだが、戦前のアナロジーで見てみると、戦前には政財界の要人たちを殺人テロリズムで葬っていった青年将校たちの凶悪な重大事件と重なるのである。こんにち、それが無差別な衝動的な事件になったのは、とうじの社会主義のようなイデオロギーがなかったためともいえるかもしれない。目的なき衝動だけが暴走した。

 この国家目標をうしない、煩悶にただよっていた青年たちを襲ったのは、昭和恐慌や世界大恐慌、農村恐慌といった大きな波である。そのなかで貧困や困窮にあえぐ農民や国民たちをよそに政財界は無政策ぶりや腐敗をたれながし、首相は一年ごとにころころと変わる現代とよく似た迷走をくりかえし、国家の蹂躙におしつぶされた軍部の青年将校たちが政財界の討伐や制裁にのりだす。

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 戦前は現代と違い、労働争議や社会主義運動がさかんであり、社会主義者は逮捕されたり、虐殺・私刑になることもあった時代であった。政府は徹底的に社会主義を弾圧しているのだが、満州国でできた体制は社会主義の実験場といわれるし、戦後の経済体制もひじょうに社会主義に近い国家統制の体制をのこしていた。つまり民間からわきでる社会主義の運動を弾圧しておきながら、政府自体は社会主義化していった。

 戦前は戦争にいたる道すじと切りはなせないのだが、十五年戦争をひきおこした原因に、国家目標の喪失を埋めるようにふたつの流れ、社会主義思想ともうひとつ、アジア主義という流れがあるのではないか。

 さいしょのころのアジア主義は「西洋白人」対「アジア黄色人種」といった人種差別的な対立構図があったのではないか。戦前の民間の日本人は中国やインドなどアジアの独立運動家を個人的に助けた。日露戦争の日本の勝利はほかのアジア人たちに希望をあたえて、中国を成立させた孫文は日本の活動家の援助をうけていた。

 この流れに日中戦争を謀略ではじめた石原莞爾などがいるのだが、アジアと共同して西洋列強とたたかうといった石原のもくろみは政府・軍部の強権的な侵略政策によってくつがえされ、石原はそれに反対する立場になっていった。

 民間のアジア主義、社会主義といった流れが、政府にのみこまれて列強的な対外侵略に転嫁してゆくのが、十五年戦争にいたった道すじではないのか。

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 まだまだわたしの知識量では推測の域を出ないのだが、格差や貧困に苦しんだ大正や昭和の青年たちは社会主義革命をめざしたのではないのか。政府は弾圧する中で、アジア主義の衣鉢をついだ大東亜共栄圏をかかげ、国内擾乱をそらすかたちで外部戦争に向かっていったのではないのか。

 なにかを変えよう、社会をよくしようとした青年の運動が抑えられるかたちで、外部戦争に向かっていったのが戦前の転がり落ちる時代の先にあったのでないのか。

 困窮する農民、国民をよそに迷走と腐敗をくりかえす政財界に反旗をひるがえした社会主義の流れは、軍部の青年将校たちが武力で肩代わりすることによって、戦争へと巻き込まれてゆく。

 良かれと思ってなした改革や革命の衝動が、アジア侵略や対米戦争へと流れてゆく。このへんの解明はまだまだ勉強中というしかない。

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 戦前と現代の精神の流れは符合することが多い。国家目標の終焉、無気力や煩悶、そしてテロや殺傷事件、右傾化まで現代は似てきた。

 むろん現代には植民地侵略という大前提がない。大きく異なる。現代には社会主義やイデオロギーといった政治思想も希薄である。その異なる環境の中で国家目標をうしなった社会精神は、戦前のようなわだちを踏みことになるのだろうか。近代右翼思想や近代社会主義運動などをもう少したどってみたい。


近代日本と「高等遊民」―社会問題化する知識青年層煩悶青年と女学生の文学誌-「西洋」を読み替えて時代閉塞の現状 食うべき詩 他十篇 (岩波文庫)昭和維新試論 (講談社学術文庫)橋川文三セレクション (岩波現代文庫)

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邪悪な一人相撲

大正と現代の類似について危惧をするものではあるけども、
ごく限られた例で全体を語ってはいけない。
例えば、麻薬を使う小学生が確かにいる。しかし、毎年大した数が起こってない。マスコミやジャーナリズム界は現代も戦前過去も、そういうセンセーショナルな話を持ち出し、社会全体の破滅だとか道徳の退廃に結び付けたがる。
そんな報道が1か月とか続いたらどうか。

それは半ば、麻薬使用予備軍の年少者たちを焚き付けているようなものだ。「どうせそんな荒れた世相なら」
「あの逮捕された中一も2年間発覚せずに使っていた。俺ならもっとうまくやる」
、、だなんて。そして、ふつうに通学する99%以上の小学生に対して、とんでもない無礼を犯している事にもなる。
数ケースの事例を見て、「小学生の道徳の退廃」などと告発するのは、とんでもない無礼ではないだろうか、ということ。

夢野久作の「東京人の堕落時代」を読んでいるのだが、こういうジャーナリスティックなものが作るムードが、実際の現象にも影響していく。宮台真司さんなら、「再帰性」と呼ぶだろう。

・性善説的な傾向からくる、全部が清くなくてはいけないという潔癖主義
・ジャーナリズムがたった数例のエキセントリックな事件で沸騰し、事例を一般化、世の中に抑うつ気分を煽る。
・自己成就予言として、そのジャーナリズムの悲惨な光景が現実化していく・・・

真に反省するべきは、ここなのかもしれない。
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