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06 08
2014

国家と文明の優劣論

他人様の横取り――『誇りと日本人』 篠田 雄次郎

誇りと日本人―正義の論理・卑怯の論理 (1980年)
篠田 雄次郎
PHP研究所 1980-07

by G-Tools


 1980年にPHP研究所から出たこの本がもう日の目をみることはないだろう。「日本の誇り」といったものはどんなものかという問いから、古本屋で手にとった。

 PHP研究所は、学術書が経済や労働をあつかわない浮世離れした塔にこもるのに対して、一般人のビジネスや経済の世界により近づけた世界を展開する数少ない出版社だと思っている。

 この本にたいして感慨もないし、ほこりについてなにか学べたかというとあいまいである。日本はほかの世界のような執念に満ちた復讐心がないといったことや、南蛮人たちが出会った日本人の優秀さの記述にはすこし印象が残った。

 タイトルと関係ないことがらになるが、ドッグイヤーの箇所から要点を。

 著者は正義感というものはあくまでも自己を律するものであって、他人を律することはできないと考えている。自分の正義の行動規律を他人に押しつけるのがふつうに思っている人が多い中で、意外な言葉を聞いた。

 松下幸之助は社会を富ませることが商売や生産の目的だといっている。商店や工場だけが繁栄するためではなくて。その原動力に対してのみ、工場は社会から活動を必要とされ、許されるといっている。こんにち自社の繁栄だけが正当化されることが多い気がするのだが。ただこのPHP研究所は松下幸之助のそういった理念からうまれた出版社なので、リップ・サービスなんだけどね。

 オランダ人が日本に貿易や布教できていた17世紀から、日本人の優秀さは特筆すべきものとして映ったようだ。判断力や記憶力は西洋人を凌駕する、礼儀は貴族のよう、日雇い者にたいしても尊敬をもって遇しないと拒絶される、本人の同席しないところで悪口をいうことはない、といったことがらが書きとめられている。

 イタリア人が新聞に書いていたこと。ライターにメイド・イン・イタリアと書かれているが、東京にほど近い地に伊太利亜という町があるからと。宇佐という町もあって、ここでつくるとメイド・イン・USAだと。いまはパクリの中国人が笑われているのだが、このとうじの日本もおなじことをしていた。

 利休の集めたものは千人にひとりしかその価値がわからなかったといわれるが、利休は自分だけがおもしろいと思う物を愛好する勇気があったと、岡倉天心がいっている。

 よく「世間をお騒がせてすいません」と日本人は謝るのだが、「騒がせた」ことに対して謝るのであって、その原因となった行為に対して責任はとらない。

 以上で抜き書き終り。わたしは「日本人の誇り」という言葉には否定である。「自分」ではないし、自分の「持ち物」でもないし、さらに自分の「業績」や「功績」でないものに、ほこりをもつというのはおおよそピントを外しているし、そういったものに自尊心を賭すのは、ほんとうにわたしを利して、強くするものだろうか。

 それは「そうでない人たち」の排斥や不都合なことに目をふさぎ、個人の犠牲ばかり生むのではないのか。右傾化の傾向には警戒したいゆえんである。


▼日本人の自慢より、まず「自分自身」の誇りを探すべきだと思うけどね。
学校では決して教えなかった!! 日本人の誇りと自信を取り戻す33話ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本の誇り103人―元気のでる歴史人物講座日本人が世界に誇れる33のこと日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)


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