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06 05
2014

映画評

『潔く柔く』は心の傷を癒すだけの映画ではなく

 ツイートをまとめて、すこし加筆しました。


潔く柔く きよくやわく
(2014-08-20)
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 なるほどこれはいい映画だ。長澤まさみと岡田将生のアイドル恋愛映画でもあるが、内容はそんな柔のものではない。心の傷やトラウマものをあつかった物語に思えるのだけど、じつは告白をはばむものを、そういう設定で解きほぐしてゆくからくりが仕組まれてた映画だ。うまい。


 長澤まさみ役のカンナは幼なじみを裏切りそうになったときに交通事故で亡くしてトラウマ、岡田将生のロクはつきまとう女子を交通事故で亡くす。いっけん、トラウマ・心の傷ものの物語を解きほぐしてゆくような内容なのだが、普遍的な、だれもが告白できない心の壁を外すカラクリの二層。


 これはいい映画だ。おすすめ。泣けるし、長澤まさみも美しい。心の傷というトラウマ映画ではなくて、普遍的な心を開くというプロセスのセラピー映画だ。「潔く柔く きよくやわく」予告





 ロクが死なせてしまった女子の姉が時の止まった家庭の中で、「生きていていいの?」といった問いをロクに向ける。そしてその姉に生まれた娘は口がなかなかきけない。ロクと出会い、話せるようになる。なかなかユング的な心象風景に思えるのだけど、どういったセラピーのプロセスか。


 少々、魂の生まれ変わりのようなスピリチュアルなものも匂わせるのだが、妹をなくした姉が背負わなければならなかった家庭の十字架を娘の代にまで継続させてしまって、ロクがその罪悪感を溶かせたということになるかもしれない。姉は家庭の太陽だった妹のような存在になれないという罪悪感の解消をだれかに必要としていた。姉妹コンプレックスの解消としてのエピソード。


 たぶん男女それぞれが死なせてしまった対象というのは、心の壁や閉じさせようとするものの象徴であって、それは人を死なせてしまい、裏切ったような罪悪感に近い要素なんだろう。だからこの映画はトラウマの罪悪感を解消する映画ではなくて、規制や道徳といった鎖をはずす映画。


 深読みすれば、死なせてしまった対象というのは、子どもから大人に成長するために殺してしまわなければならない道徳的規制、さらに深層をいえば、その規制の砦である「父殺し」や「母殺し」を象徴するかもしれない。


 幼なじみや小さいころの恋の対象は、親への思慕の移行対象であって、この「親殺し」の罪悪感が、この映画ではテーマになっているのではないか。そういった意味でこの映画はひじょうに深いところを突く普遍的なものにたどりついているのではないか。(大塚英志『人身御供論』参照)


 「潔く柔く」は童話でいったら、「カエル王子」に相当するか。気持ち悪いカエルと結婚させられて、壁に投げつけたらハンサムな王子に。この気持ち悪さがこの映画では人を死なせてしまった罪悪感に相当しているか。タブーや道徳規制を解消するプロセスのセラピー。


 長澤まさみは告白できない系の役に出ることが多いね。「プロポーズ大作戦」もそうだった。できないのは男のほうだったけど、長澤のほうもおなじだった。「潔く柔く」では男女とも告白とうけいれることができないトラウマにかかっている。その解消のプロセスが、死なせてしまったトラウマの解消と平行する。


 あまりにも好きすぎてもう一度みた。最高傑作と個人的には思うんだけどね。興行的にもふるわなかったらしいし、評もよくないけど、閉じた心を開くプロセスを観客に体験させる映画。漱石の三角関係の悲劇が心を撃つ『こころ』の後日譚にも思える。


 いくえみ綾の原作マンガよんでみたけど、登場人物がおおすぎてさいしょの数巻とおしまいの数巻しかざっと読めなかった。カンナとロクのエピソードだけ読みたかった。映画から見る者にとっては凝縮された主エピソードだけのほうがいいのかもね。


 ほかのブログで指摘されていたが、カンナはさいごまでかんたんにメゲてしまう。ほかの女性にロクをとられそうになって、「はじめて走った」といっている割には、かんたんに挫折する。ラストシーンなのにである。成長していないのである。ロクの助け舟によって恋は成就するが、まあ心をかんたんに開けないことがカンナの所以でもあるのだろう。


 この罪悪感がなにかというと、カンナの友人関係においては仲間関係をひき裂くことであったし、もしかして友人の片思いの相手を奪ってしまうかもしれないし、同性の嫉妬を買ってしまうかもしれないという罪悪感が、初恋や思春期のころにあったのだろう。


 男女ともには異性の独占権利を手に入れてしまって、相手のほかの可能性や幸福を奪って独占してしまう恐れでもあるだろう。男にとっては彼女の幸福や異性の期待を一身に背負ってしまうことになってしまうし、経済的な安定や人生の幸福といった罪深い重荷も背負ってしまう。女性にとっても幸福や異性の期待を一身に背負う。そういった責任や可能性の排除が、思春期の男女にそれぞれかかってくるのだろう。


 一歩をふみだす勇気というのは、そういった自分にたいする自信や可能性を思いうかべられないことには、まじめに思う相手なら、なおさらその責務に恐れを抱くものではないだろうか。それは自分自身の自信や肯定感にかかわってくることなのだろうけどね。


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いくえみ 綾
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大塚 英志
角川書店 2002-07

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