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05 28
2014

国家と文明の優劣論

「西洋先進史観」への挑戦――『中国化する日本』 與那覇 潤

416790084X中国化する日本 増補版
日中「文明の衝突」一千年史 (文春文庫)

與那覇 潤
文藝春秋 2014-04-10

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 おもしろかったね。いままで自明とされてきた西洋近代化という捉え方のカーペットをひきはがしてくれる本だね。うしろ向きに一回転する気分を味わせてくれる。それだけに反発や違和感も噴出するのだけどね。読まれていない方は文庫になったので、ぜひ一読はおすすめしますね。

 なんでもかんでも割り切って説明できるような姿勢は警戒をつよめるし、そんなたんじゅんな図式であてはめればベッドからはみでた手足を切ることにならないかとは思うのだけど、まあ「割り切り歴史観」はひとすじの快楽を与えてくれるね。

 かんたんにいえば、これは経済イデオロギーで歴史を捉えなおしてみた見方なのではないかな。自由主義の体制って西洋近代にはじまったのではなくて、とっくに宋朝時代(960年 - 1279年)にはじまっていたのだと。社会主義体制や反グローバリズムという見方で鎌倉時代や江戸時代を斬ってみせる。

 この宋朝時代が経済に特化した繁栄国だったという指摘は堺屋太一の『現代をみる歴史』で読んだことがあるのだけど、宋朝から自由主義がはじまっていたというのは歴史学ではこんにちでは常識というのはまったく知らなかった。この本ではオリジナルはほとんどなくて、歴史学の常識的な見解をならべただけというのだけど、ほぼ知らなかったことばかりで呆然とするね。

 この本は「西洋=先進、中国=後進」という図式をいちどシャッフルしてくれる。中国が先進に躍り出た歴史学の違和感と不整合はふたをしても止めどもなくあふれてくるのだけどね。

 もともと中国は先進国だったので、日本がGDPを追い抜かれても、まあ仕方ないかなといった慰めのイデオロギーも提供してくれる今日的な言説のかな。後進国で近代化した日本にずっと遅れをとった中国という認識でわれわれは捉えてきたけど、もう千年前から中国は自由主義国だったので、もとの勢力にもどっただけなのだと。

 われわれはながらく西洋だけが文明であってほかの地域にはないとか、西洋だけが文明をおしすすめたという歴史観を思い込まされているのだけど、文明の中心や先進はずっと中国やイスラムであって、西洋は世界の中心から離れた片田舎であったという認識はなかなか受け入れがたい。

 というか西洋だけが「史上最高の文明」という歴史観ばかりがつくられて、「西洋最高史観」、「西洋至上主義歴史観」といった自社製品を宣伝されてきたおかげで、なかなか「アジア文明中心史観」といったものに帰れないのだろうね。中国の台頭によってアジア文明主義の歴史観が地底からわきあがってくる時代になるかもね。

 この本は自由主義と社会体制といった経済主義体制によって時代を切りとるわけだけど、中国の宋朝時代は経済的には自由主義であったが、政治的には専制君主の問答無用の体制であったという。貴族を廃止して、科挙という試験システムで人民を選抜したことも画期的であった。この体制が中国のスタンダードだと。

 日本はそのチャイナ・グローバルを拒否して、貴族・階級性をながらく江戸時代まで意固地につづけて、世界に遅れをとった。明治にようやく自由主義と試験選抜システムをとりいれて、武士や階級を廃止した。

 著者は社会主義的な場所に縛りつけて個人の自由を制限するような体制がきらいなようで、江戸時代や軍国化した日本に社会主義を見て、批判をする立場のようである。割り切り歴史観も、わたしのぐちゃぐちゃ・整理きないもやもや脳のためにもう融解してしまっているかもしれませんが(笑)。

 いうなればこの本は自由主義よりの社会主義体制批判の本になるのかな。池田信夫と共著を出しているのだし。もちろん著者はそんなたんじゅんな二元論的立場には立たないのだろうけど、江戸批判や昭和体制批判のなかに自由主義イデオロギーを嗅ぎとるのではあるが。

 日本が昭和の軍部体制以降、戦後の平和・経済主義の体制においても社会主義体制でやってきたというのはおおくの識者が指摘することであって、殺されるほどまでに弾圧されたのだけど、内実はその体制であったというふしぎな二枚舌体制をかたちづくってきたのかもね。

 北一輝は社会主義に天皇をいただくというアクロバット社会主義を唱えたのだけど、なぜなら平等を標榜する社会主義が階層差を容認するのは矛盾なのだけど、宋朝の専制君主・経済放任体制はこの北の思想と似ているのかな。いや経済体制の社会主義は違うか。北一輝は社会主義の弾圧によって処刑されているのだが、軍部がやる社会主義=軍国主義がその後の時代をおおうのであって、ごちゃごちゃでなにが違うのかと思うが。

 まあわたしも不自由で制限のおおい社会主義体制はうんざりしていて脱出したいと願うのだけど、日本の多くの人は相互扶助的な近似社会主義体制に郷愁や理想をいつももっているようだ。江戸時代であったり、会社の終身雇用であったりね。わたしは安定とか保障は自由が殺されすぎるのでかんべんしてほしいと思うのだけどね。

 この「割り切り歴史観」にひとつの疑問がのこったのは、自由主義体制の中国のはずがなぜ近代に社会主義の体制を選択してしまったのかということに解答があたえられていたのかということだ。どこかに書いていたのを見逃したかな。まあ社会主義と専制君主はおなじようなもので、計画経済とかをほどこせば中央に権力が集中するという面で親和性が高いのかな。

 まあ、おもしろい本であって、自明とされている地盤をぐるっとひっくりかえしてくれる知識はいくらでも歓迎だ。

 西洋は先進で中国が後進という文明のヒエラルキー図式と、中国が先進で日本が後進という図式が頭のなかでなかなか整合性を結びつかない。中国は近代世界にとって後進だというリアルさはぬぐえるものではない。でも中国が再びこの世界の覇権に手を伸ばすとき、「西洋文明史上最強史観」は、「中国帝国最高史観」に押し流されてゆくのかもね。


支那論 (文春学藝ライブラリー)史論の復権 (新潮新書)「日本史」の終わり  変わる世界、変われない日本人東洋文化史 (中公クラシックス)宋学の西遷―近代啓蒙への道

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