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04 05
2014

社会批評

底辺と「まつろわぬ人たち」

 人それぞれに底辺をイメージする定義や想像があると思われるが、あわれやみじめさをイメージさせるそれは、ある人は底辺にはぜったいなりたくないと反発し、ある人は自分は底辺だから仕方がないとあきらめたり、底辺は人が近づきたくない、もしくはあきらめの対象であったりする。

 そこから逃走しようとしたり、あきらめて受け入れるにしろ、それが恐怖の対象であるばあい、底辺に囚われた奴隷・隷属状態だということができる。恐怖は人の行動・行き先の多くを規定してしまうものだ。

 底辺に囚われてしまわないためには、なぜそれを底辺と思うのかと問えばいいのだろうか。「底辺だから底辺」という同語反復では、それは不分明なままの闇である。光の下で明晰な像で見てみないと「幽霊」は消滅しない。


■ オタクはなぜ不気味にイメージされるのか

 たとえば底辺をオタクという像に求めてみようか。かれらが底辺だと表象されるのは、現実ではない二次元にのめりこんだり、現実の女性より創作の女性に興味の対象を求めたり、社交的で消費的な生活に背を向けるといったいくつかの要因をあげることができる。

 これは現実の社会にあまり貢献しない、寄与しないといった「反社会的」な要素にオタクは底辺と表象されるといっていいだろうか。つまりは「体制的」ではないのである。

 オタクはじつはいまの「体制」に暗黙に反逆する内容が多いから、社会から底辺としてゲットーされるのではないか。こんにちの「体制」の価値基準に貢献しない。そしてじつはそれへのアンチ・反逆をふくんでいるからこそ、オタクは底辺と揶揄されたり、嫌われたのではないのか。ラディカルな反逆者ではなかったのか。

 女性のために男が働き、恋愛至上主義的な思いによって女性に貢献することが、現今の「体制」をかたちづくっているのではないのか。そういう女性の貢献回路に反逆したのがオタクであり、それゆえに女性の嫌悪をさそったのではないのか。

 底辺とは最下位のあわれな、めぐまれない、かわいそうな人たちなのであるが、じつは反逆であったり、逆賊であったり、つまり「まつろわぬ人たち」=「服従しない人たち」だから、かれらは底辺として表象されるのではないか。


■ 非正規はなぜみじめで差別的だと喧伝されるのか

 さっこんの底辺と表象される人たちは、「非正規」の人たちである。かれらは会社から社会保障を与えられず、国の保障からも外され、生涯収入は正社員と大きな差額を開けられ、不安定で低年収であり、非モテであり、結婚できず、将来は不安で老後の保障とも縁遠い、と各種メディアで「悲惨」と「悲愴」の代名詞のように喧伝されている。まさしく現代の底辺である。

 かれらはなぜこんなにマスコミにあわれでみじめで救いがないと喧伝・アピールされなければならないのか。

 かれらの差別的待遇にたいしての不服申し立て、改善の要求と見なすこともできるのだが、かれらを底辺や下層階級だと表象させることによって、ニートのように働かなかったり、会社や社会に貢献しない労働からの忌避におちいる動きを禁止しているのではないか。

 こんにちの社会体制は労働によって会社や社会に貢献する労働至上主義を賛美・強制する規範をもっている。そこから脱落することは、底辺やみじめ、あわれといったイメージでそめあげ、労働からの脱落・逃走をふせぐ目的があるのではないか。

 あわれな底辺という表象は、現今の体制から逸脱しないためのプロパガンダではないのか。

 かれらはほんとうにみじめであわれな底辺の存在だけなのか。会社や国家への労働への貢献から逸脱する要素があるからこそ、かれらは底辺たるみじめさにイメージされなければならないのではないか。

 労働が人生の大半や毎日の日々をおおう現今の労働主義からの逃走やオルタナティブを思う人も多いと思うのだが、そこから逃れようとすれば、非正規といったあわれで差別的な境遇が待ちうけている。人はだから長時間労働や企業隷属、社畜といった人生を余儀なくされるのではないのか。

 底辺は「禁断地帯」であって、そこに踏み入れることは危険で恐ろしい未来が待ちかまえていると人々にいわれつづけるのだが、そのことによって現在の場所にとどまることは、現体制や現国家に貢献する回路が用意されているだけではないのか。

 現体制にまつろわぬ人たちが底辺と喧伝されることによって、現体制からの逸脱をふせぐ鉄条網としてはりめぐらされるのが、底辺というものの正体ではないのか。


■ 肉体労働はなぜ底辺とイメージされるのか

 労働環境の底辺とイメージされるおおかたのものは、肉体を使う労働や機械的でルーティン・ワーク、上のものから手足や道具のように使われる職業といったイメージに塗り固められているのではないか。

 この反対の上位といったものはよういにイメージできるのだが、頭脳労働でクリエイティブな創造をつかさどる仕事であり、頭脳を酷使して下の労働者を手足のようにつかうといったものではないだろうか。

 つまりこれは頭脳をつかい、手足の仕事をほかのものにさせるといったある人たちの理想――学歴社会の上位に位置する知識人のヒエラルキー的様相を具体化したものではないのか。

 頭脳や知識を使う仕事が上位におかれ、手足や頭脳を必要としない仕事は底辺とイメージさせられる。これは学歴社会の目標と階層の具体的ヒエラルキーのなにものでもない。「頭を使うものがエライ、手足のように肉体で働くものは底辺」という学歴階層の具体像のなにものでもない。

 知識人と学歴社会のヒエラルキーが、底辺の労働にくっきりと刻印されているのである。

 この学歴社会のヒエラルキー・規範をきっちり守るものに上層階級や富裕者といった褒美をもらい、そこから落ちこぼれ、逸脱したものには「底辺労働者」といった罰則と侮蔑的なラベルが貼られる。まさに学歴社会「体制」の賞罰図式である。

 そして学歴社会は人々の頭のよさ・悪さを中立的・公正に測るといったイメージで捉えられることもおおいのだが、ここからもれる人はじつは学歴社会の「支配や服従」といった政治学に反抗や反逆をくわだてた人たちがおおくふくまれるのではないのか。

 頭のよさ・悪さではなくて、だれか知識をつかさどる権力に対する不満・反逆によって、逸脱する人たちが学歴社会の「底辺」にエスケープ・スピンアウトさせられてゆくのではないのか。

 かれらは教師や学校の「優等生」=「服従生」になりたくないために、学歴社会に「まつろわぬ人たち」=「服従しない人たち」になって、「底辺」に墜ちてゆく、もしくは逸脱してゆくのでないのか。

 つまりは知識人、学校の選別と階層をつくる権力作用からの逸脱と反抗をこころみた人たちが、学歴社会の「底辺」に墜ちてゆくのでないのか。

 「底辺」というのはこの社会の権力・体制の褒賞罰則のルール・規範の図式化にすぎないのではないのか。

 底辺はこの社会の権力・支配層による「服従と非服従」の「地獄行き」の図式として表象されるのではないか。


■ 底辺に「楽園」を見る

 底辺をあわれでみじめなものと表象することは、この社会の権力・支配層の体制・規範に内面を支配させられることにほかならない。わたしたちはそういった表象をすりこまれることによって、現体制への服従と支配の内面統制が完成させられる。

 わたしたちが無意識に思う底辺イメージに現体制の支配図式がしっかりと浸透し、そのことによってわれわれの現体制・現権力への服従が完成するというわけである。

 北朝鮮や中国の一党独裁政権のおそろしさはよく刷り込まれているのだが、わたしたちはわたしたち自身の支配勢力の不気味さ・服従図式を遠くから離れて見れることはすくない。

 「底辺イメージ」のようにそれはみじめであわれな最低の人とイメージされるだけであって、そこに権力と支配のヒエラルキーと罰則の図式がくみこまれているとはそう思わないからだ。

 このことがわかったら、わたしたちはどうすべきなのか。なにも反逆や逸脱をこころみろというわけではない。現権力の客観視と距離化をおこなうことによって、現体制の価値ヒエラルキーの相対化と自由な視点を得ることの解放を――内面のくびきからの解放がもたらされるだけでいいと思う。

 底辺をおそれることは現体制の権力構造を無批判に脊髄反射させられことである。その脊髄反射から自由になることがある体制からの自由と客観化を手に入れることである。

 底辺に豊かさと自由、または豊穣さを感じられるようになれば、わたしたちはこの支配・服従図式から自由になれるのではないか。底辺に不必要なおそれや蔑視をいだかないようになれば、わたしたちは違った価値感・人生の価値観の多様さ・豊穣さにふれることができるのではないか。

 底辺をおそれること、またはがむしゃらにそこから逃れることは、わたしたちの人生の自由と多様さを抑圧・禁止することであって、それは現体制への盲目的な服従へとみちびかれ、わたしたちの人生の選択の幅、各人の自由で好きな生き方の剥奪・抑圧になることだろう。

 「頭が空っぽ」だから無批判に権力に盲従するのではない。社会に喧伝された「底辺」や「最下層」を無批判におそれるから盲従してしまうといったほうがいいだろう。

 底辺を体制側のようにみじめであわれだと脊髄反射することによって、わたしは人生の豊穣さ・ゆたかさの可能性を手のひらからひとつまたひとつ落としてしまうのである。


ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)自発的隷従論 (ちくま学芸文庫)監獄の誕生―監視と処罰服従の心理 (河出文庫)日本のまつろわぬ民


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