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![]() | 漱石文明論集 (岩波文庫) 夏目 漱石 岩波書店 1986-10-16 by G-Tools |
漱石は明治の国家目標からそれてしまう「高等遊民」について描いたから参考にしたい部分がある。明治日本の曲がり角を用意した精神の屈折や挫折。そのような時代精神がどのようなものだったのかと知りたい。
この本ではざんねんながらその目的にかなう材料はなかった。講演集におおく割かれていて、どちらかというとぐだぐだ言い訳のおおい講演集の印象(笑)。明治四十年代におこなった堺とか大阪での講演の臨場感がすこし伝わる。あと日記とか断片。
二、三点だけ感銘した文章を抜き書き。
「一概に上下の区別を立てようとするのは大抵の場合においてその道の暗い素人のやる事であります。専門の智恵が豊かでよく事情が精しく分っていると、…また批評をしようとすれば複雑な関係が頭に明瞭に出てくるからなかなか「甲より乙が偉い」という簡潔な形式によって判断が浮かんで来ないのであります。
…以上を一口にしていえば物の内容を知り尽くした人間、中身の内に生息している人間はそれほど形式に拘泥しないし、また無理な形式を喜ばない傾があるが、門外漢になると中身が分らなくってもとにかく形式だけは知りたがる」
上下とか優劣なんてかんたんに区別できないのであり、しろうとほどそういう上下優劣の区別を知りたがり、中身をちっとも知らずに上下優劣だけをありがたがる。そういう区別なんてくわしく知れば知るほどできなくなるものでしょうね。
「博士ではなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、わずかな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せん事を余は切に憂うるものである」
漱石は学位を辞退して文部省とごたごたをおこしたようである。博士はほかの人からはわかりやすい待遇だろうけど、その人だけが専門を専有する立場になっては学問の壁と衰退がおこると懸念したのだろうね。
たとえば国家医師免許があれば、患者は安心するだろうけど、医学って国家制度を利用したものだけに専有されて、ほかの人たちの学究や努力がまったくなされなくなるのも危険なことではないだろうか。ぎゃくにいっぱんの人は国家のお墨つき以外、信用できなくて危ないと思うのだけどね。
「…文芸の鑑賞に縁もゆかりもない政府の力を借りるのは卑怯のふるまいである。自己の所信を客観化して公衆にしか認めしべき根拠を有せざる時においてすら、彼らは自由に天下を欺く権利をあらかじめ占有するからである」
官選文芸委員が選定されるにあたっての漱石の批判である。漱石は国家の威というものにじつに警戒していたようである。
この本にはちょっと有名である「私の個人主義」とか「硝子戸の中で」なども収録されている。漱石の個人主義は自分の個性や自由を守りたければ、自分と逆だったり違うほかの人のそれも守らなければならないということらしい。
![]() | 近代日本と「高等遊民」―社会問題化する知識青年層 町田 祐一 吉川弘文館 2010-12 by G-Tools |
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