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02 02
2014

右傾化再考

明治の思想家はなにを語ったか――『明治精神の構造』 松本 三之介

4006002599明治精神の構造 (岩波現代文庫)
松本 三之介
岩波書店 2012-01-18

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 明治の思想家なんてぜんぜん知らなかったのでたのしめた。哲学や現代思想から入った人間は普遍に価値をおくので、終ってしまった時局を追うことになんの価値があるのかと思っていたからね。

 この本は78年の「NHK大学講座」に加筆されたもの。福沢諭吉、植木枝盛、中江兆民、徳富蘇峰、陸羯南、内村鑑三、幸徳秋水といった人たちの思想や動向が紹介されている。これらの人の当時の出版物は国会図書館の「近代デジタル・ライブラリー」で検索すれば、読みにくいものも多いけど見れるかもね。

 福沢諭吉はアメリカに渡ったとき、ワシントンの子孫のことを聞けばアメリカ人はさっぱり知らなかった。日本でいえば源頼朝、徳川家康の子孫のことを知らないわけがない。生まれや家柄が人間の価値を測る徳川身分社会を知っている福沢にとって、行為や業績で測られる近代社会の違いがわかるエピソードである。

 福沢諭吉は拝金教だと揶揄されたようだが、福沢は金の価値をことさら強調した。「人欲」は「文明開化の元素」であり、「私利は公益の基」と説いた。『蜂の寓話』のマンデヴィルのことをいうような人だった。

 植木枝盛という人はさっぱり知らなかったのだけど、自由民権運動で活躍した人のようだね。だけどこの運動は政治的価値を個人の利益や市民的価値より上におき、「官尊民卑」、「立身出世主義」の風潮をつくりだした。中江兆民も政治をなにか高貴なものと考える青年たちを妄念として批判した。政治的価値の優越は現代にまで尾をひく問題である。

 植木枝盛は民衆の政治的無関心を批判するいっぽう、政府は悪で、強者の恣意を貫徹する強制装置であり、自己本位を旨とする考えも表明しているのだが、どちらがいいのかわからない。

 坪内逍遥の『当世書生気質』(近デジ・リンク/明治18年)は「それまで政治以外に青雲の道が無いように思っていた天下の青年はこの新しい世界を発見し、にわかに目覚めたように忽然として皆文学に奔った」(内田魯庵)そうだ。政治という行動的価値のほかに内面的・思索的価値を見つけたのだろうね。

 明治20年代には徳富蘇峰が青年の心をとらえて、福沢諭吉の天保生まれ世代からの価値転換がおこったようだね(『新日本之青年』明治18年)。蘇峰の『将来之日本』という本では、「武備社会」と「生産社会」の区別を立ててスペンサー流の社会進化論をとなえた。(スペンサー『社会学原理』近デジ・リンク読めんw)

 蘇峰の刊行雑誌「『国民之友』(近デジ・リンク)は新思想の雑誌として学生必読であった。徳富蘇峰および民友社一派に対するわれわれの崇敬と愛慕は殆ど絶対であった」(堺利彦)。でもとうじの雑誌の発行部数は五、六百部、せいぜい千部どまりであり、この雑誌は一万四千部にたっしたということだが、この小さな数字にぎゃくに驚くね。

 蘇峰は三国干渉の裏切りのショックによって欧化主義から『大日本膨張論』のような本をとなえるようになるのだが、内村鑑三は「絶対的非戦論者」であった。

 でも内村鑑三は「祖国は宇宙の中心であり、世界の羨望の的だ」といい、キリスト教入信後には異教国日本は世界から抹殺されてもだれも困らないといい、アメリカで生活するうちに「祖国こそは、高遠な目的と高貴な野心とをもって世界と人類のために存在する神聖な実在である」と振幅のはげしい優越と侮蔑のきょくたんな感情論を発するのだが、誇大妄想的な世界だねw

 明治は藤村躁の「思想の為の自殺」のような華厳の滝での死(明治36年5月)によって、青年たちには「煩悶」や「懐疑」の風潮がきざすようになる。岩波茂雄は「発揚的な校風主義」から「沈静的な個人主義」、あるいは「憤慨悲憤派」から「瞑想懐疑派」に転じたといっている。

 私的世界への沈潜はもはや日露戦争の勝利によっても、国家的関心の世界によびもどすことも不可能であったといわれている。条約改正という維新いらいの国家的課題の達成はその後の大きな空白を生みだした。

 「日露戦争の終局に当たりて、一種の悲哀、煩悶、不満、失望を感ぜざりし者幾人かある」と徳富蘆花は「勝利の悲哀」を嘆いた(明治39年)。

 石川啄木は明治43年に「時代閉塞の現状」という論文を書くのだが、その二年後の明治45年に天皇の死によって明治は終わるのである。

 「日本崩壊80年周期」というテーマを検証するためにこれらの一連の近現代史を読んでいるのだが、国家目標の達成とその後の崩壊という時代推移は昭和、平成の時代においてもくりかえされていると見えて、その社会精神の反復は、反省と改善の材料とされなければならないと思う。


欧化と国粋――明治新世代と日本のかたち (講談社学術文庫)明治思想家論 (近代日本の思想・再考)明治思想史―近代国家の創設から個の覚醒まで (ロンド叢書)明治思想における伝統と近代和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本 上 (平凡社ライブラリー)


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