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01 13
2014

社会批評

目の前の人のせいにする前に状況を探れ

 育児にいそがしい主婦は手伝ってくれずに寝ている夫に一生の恨みと不満をいだくようである。夫婦の不和というものはこの家庭の役割分担からはじまるようで、その禍根は一生ひきずるもののようである。

 しかしこれは目の前の夫に不満をいだくものではなくて、「男は外で仕事、女は家で家事をするもの」という文化規範が夫をそのように仕向けているのではないかと捉えることもできる。憤懣を向けるのは寝ている夫ではなくて、男女の役割分担をそう仕向けた文化規範に向けるべきではないのか。

 タレントの遥洋子はフェミニズムを勉強したあとでこういっている。

 

「個々の女性には、自分が個人的に関係する男性だけから抑圧を受けているかのように、つまり抑圧は私事のように見える」



 人は目の前のだれかや個人にツライ目やひどい目に会わされていると思うのだが、それは文化や状況がそうさせている場合も多い。というか、文化や状況が欠落して、目の前の人のせいばかりにする人もいるのではないか。

 状況や文化というものは目に見えるものではなくて、情報や探索によってでないとなかなか得られにくいものである。目の前の人が「犯人だ」「原因」だと思うのだが、「真犯人」は陰に隠れて目に見えない「状況」や「文化」ではないのか。

 人は目の前にいる人の「人格」や「性格」が悪いのだとよういに短絡しやすい。だけどそれはたんに状況や文化を知らない知性の欠如によるものではないのか。

 ひところニートやフリーターは怠けや根性が足りないといった人格論・性格論でたたかれることがあった。だけど経済情勢を見てみると新卒採用は「金の卵」といわれた高度成長期の求人不足はとっくに終っており、就職難の時代がつづいており、非正規や職があっても出世の断たれた道であったりする。このような経済情勢がまったく欠落した上で人格を攻撃するのは知性上の問題があるといわざるをえない。

 これらの人たちはいままででは理解できない新奇な行動をしているように見える。だから人格や性格の問題にされる。落ちついて状況や経済の変化が大きくおこったことがマスコミなどで知られることはだいぶ後になってからである。そのあいだ、かれ自身の人格や性格の原因にされる。時代背景の変化を知らない無知からくるバッシングなのである。世間の人たちのタイムラグはだいぶある。いつまでも時代背景の変化を知らない人だっているかもしれない。

 似たような例としてホームレスや生活保護に陥った人たちにもあてはめることができるし、ひきこもりだって原因をさぐれば個人の問題より社会や状況に求めることができるだろうし、ほかにも状況を見ないで個人的人格や性格が原因にされる例はごまんとあるだろう。

 犯罪者なんて人格が攻撃される最多のものではないのか。かれをそう仕向けた社会や状況は顧慮されない。社会は犯罪者をたたく放免と印籠を両手いっぱいにわたされるのだが、状況や社会がかれをそう追い込んだという原因でみると、かれをゴミクズのように叩く放免をやすやすと手にすることはできないのでないのか。

 人は目の前に見えるものだけに責任をなすりつけやすい。

 だけど人間は世界に自分ひとりだけの責任で、ひとりだけの全裁量をつかって世界に悠然と立っているのではない。多くは状況や社会の「奴隷」や「操り人形」であって、目に見える行動をおこさせているほんとうの原因はこの社会や状況でないのか。

 目の前にいる人だけを叩く人はかれが全世界・全社会を支配している「全能の神」と思っているのか。あなたももちろんこの全世界を支配しているのではなくて、世間や社会の目を気にして、世間や社会の行動規範にのっとって行動しているにすぎないのではないのか。目の前の個人をたたく人はかれが全世界を支配できる神か、かえりみてもらいたいものだ。

 こういってくると教養や社会を知る学問の必要性や重要性はひごろ思っているより大きなもののようだ。社会や状況を知っているものは目の前の人をかんたんには叩けない。だけど社会も状況もなにもつかんでいない人は、目の前の個人しか見えないがゆえにかれに責任をなすりつけたり、ただ目の前のだれかを叩くだけになり勝ちではないのか。

 かれはほぼ盲人と同じである。むろん目の前の人は見えている。しかし社会や状況を見えないのなら、盲人としかいいようがない。教養や状況の知性の欠落は、思った以上に重要な欠陥をもたらすようだ。教養なんてべつに趣味のひとつにしか過ぎないレベルでもいいとわたしは思っていたのだが、状況を知ることの欠落は人を誤った原因に導くことがあまりにも大きいのではないのか。

 女性はこのような状況や経済を捉える目が欠如していて、目の前のだれかを叩きやすいといったら女性差別になってしまうのだが、残念ながら経済や情勢を知らないでもいいといった女性の文化規範があるとしたら、女性は知性の欠落におかれることになりやすい。

 経済情勢を知らないで夫の給料が減ったことに文句をいう女性や、彼氏の年収が低いと嘆いたり、非正規をなかなかやめてくれないといった相談は、社会情勢の変化といったものがまるで考慮に入れられていないのではないのか。人は経済情勢のなかではぼうふらのような危うい存在ではないのかと思うのだけどね。

 目の前の人に責任や攻撃を向けたい気持ちがわき上がったとしたら、その前にまずかれをとりまく社会情勢や経済情勢をたしかめてもらいたいものだ。かれはこの情勢の渦の中に巻き込まれる小さな木片にしかすぎないのではないのか。

 わたしたちは目の前の人が情勢にほんろうされるだけの「奴隷」や「操り人間」にすぎないという基本前提をもつほうがより目の前の人を理解できるのではないのか。いや、そうするべきなのだと思う。


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