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12 31
2013

レイライン・死と再生

正月には自然の神々・磐座にお参りにいきませんか ~関西編~

 みなさん、お正月には神社に初詣にいかれると思いますが、わたしは神社に参りにいっても「建物」にお参りにいったようにしか思えません。神なんてどこにいるのかと。

 それならより原初的なかたちにちかい自然の神を祈りにいったほうがいいと思いませんか。建物ではなくて、自然に祈りにいくのなら、いくぶんは納得できます。

 ことしのパワー・スポットは自然の神で決まりw 自然の脅威や磐座などは神秘的で荘厳な気持ちを与えてくれるかもしれません。

 ということで関西・大阪近郊周辺の自然の神・磐座などを紹介します。石の意味を鋭く切り込んだエリアーデの解説もところどころに加えて考察の足しにしてほしいと思います。


最明寺滝


 阪急宝塚線の山本駅を最明寺川にさかのぼると厳かな雰囲気に囲まれた最明寺滝にいきあたります。地の底からはいがってきたような不動明王も祭られていて、自然信仰の原初のかたちを拝める場所になっています。

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ともかく祭られている祠がたくさんあり、水源と地の底が現われ出たような原初的な祈りのかたちを垣間見ることができます。こういうところにはとうぜん空海伝説が重ねられます。

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地の底を支配しているような不動明王。

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閉ざされた空間にある最明寺滝はまるで「大地の子宮」のようで、生命や魂が生まれ出る場所としてふさわしいものだったのかもしれません。


天乃石立神社


柳生の地にある天乃石立神社は原初的な磐座信仰をむかしのかたちのままにつたえています。

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直立し起立したふたつの磐は神がおりたつ岩船の様相を人々に思わせたのかもしれません。

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たしか丸い岩のほうが天照大神ということになっていたと思いますが、どうしてこの丸い岩が天照大神? 太陽の神は山の岩にやどるものだったのでしょうか。


エリアーデ『豊穣と再生』から引用。

「魂は石の中に「住んで」いる。…石の中に「固定された」魂は、ただ肯定的な方向のみに作用を及ぼさざるをえない。すなわち豊饒化の方向である。そこで、石には「祖先」が住んでいると信じている多くの文化では、石は畑や女性を豊穣にするための道具となっている」




岩神神社


東吉野にある岩神神社も巨岩だけが祭られており、原初的な信仰形態をこんにちまでつたえているものだと思います

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吉野川ぞいにある巨岩に祠だけが祭られたこの岩は人々がなにを祈り、拝めたのかをあらわしているかのようですね。岩に神や祖先がやどると思っていたのでしょうか。


エリアーデ『豊穣と再生』から。

「石は動物や盗賊から、とりわけ「死」から保護してくれるものであった。というのは、石が腐らないのと同様に、死者の魂も、離散せずに、いつまでも存在し続けねばならないからである」




磐船神社


交野市にある磐船神社は饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が天の磐船にのって降臨したとされる地ですね。

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なにかわたしには大きな舌の岩を思わせるのですが、これは饒速日命がのってきた天の磐船とされているのですね。


稲蔵神社


生駒市にある稲蔵神社の烏帽子石は、わたしにはなにかぬぼーとした妖怪を思わせるのですが、三角おむすびといってもいいかもしれません。

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おむすび型のぬぼーとした巨岩が鎮座しております。

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岩につたう蔓はなにか血管を思わせるのですが、そう考えるとファルスを象徴するというのは飛躍でしょうか。


「石は祖先の石化した霊である」




沙沙貴神社


滋賀県の安土城にちかくにある沙沙貴神社には勾玉型の磐が祭られています。

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勾玉というのは胎児の原始的なかたちに似ているようですね。生命の根源を祭った神社なのでしょうか。

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女石と書いていますが、奥の石は男根を思わせますね。この国は性器崇拝がさかんなことがあったことを考えるとかろうじて残ったものなんでしょう。


エリアーデ『豊穣と再生』。

「セイレム(インド南部)の不妊の女性はドルメンの中には、妊娠させる力をもった祖先が宿っていると信じており、そのため女性たちは供え物(花、白檀、炊いた飯)を献げてから、石をこするのである。

この岩の側面に開口部があり、そこから、そこに閉じこめられていた子どもの霊魂が外をうかがっている。そしてもし婦人が通りかかったら、その婦人にのりうつって生まれかわろうと待ちかまえている」

興味あることは、同じ「豊穣岩」に、商売繁盛を願う商人が油を塗ることである」




太郎坊宮


近江市にある太郎坊宮はまるで孫悟空が生まれた山を思わせる巨岩が寄せあつまったかたちをしていますね。

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きれいな三角錐のかたちをした箕作り山は、巨岩や山が神であった原初的な信仰のかたちをいまに残しています。

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急峻な石段をのぼりつめた巨岩のすき間をとおりこすと異界への到達、もしくは再生を意味したのかもしれませんね。


ゴトビキ岩


ゴトビキ岩は三重県新宮市にある神倉神社のご神体です。ゴトビキとは地元ではヒキガエルを意味するとか。神武天皇がこの岩にのぼったとかの由緒がありますね。

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神とよばれる存在はけっこう岩船であるとか、巨岩に乗ってきたとかの伝承がまとわりついていますね。この神社と巨岩は新宮市を一望できる高所に立っており、船からはとうぜん目印となったことでしょう。神社の発生は航海の目印となったところから生まれた線も否めません。

「すなわちそれ(葬礼のための巨石記念碑)が建てられるのは、死者の魂を「定着させ」、魂のために仮の宿をつくってやることである」




花の窟神社


花のいわや神社は熊野市にあり、イザナミが火の神を生んだときに死んで、この地に埋葬されたという伝承がありますね。熊野灘の海岸線づたいにこの神社はあります。

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山のようなとりとめのない巨大な一枚岩が花の窟神社のご神体ですね。ゴトビキ岩とも一対をなすともいわれていますね。


石の宝殿


高砂市にある石の宝殿はあまりにも人工的なかたちをしすぎていて、これはぎゃくに太古のむかしの産物でないと意味をなさないように感じるくらい人工的ですね。

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間近では全貌を見ることができないほど巨大です。

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上から見るとこんなかたち。


甑岩


西宮市にある甑岩(こしきいわ)は陰石(女性器石)とされているようで、子授け・安産・商売繁盛の神として祭られているようですね。

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なんのかたちをしているかさっぱりわからない巨岩ですね。陰石とよばれるものでかたちがさっぱりわからないのは、明石の雌岡山(めっこうさん)にもありましたね。ここには性器信仰の石が残っています。


「結婚後数年たっても、まだ子どものない夫婦たちが、満月の晩にメンヒルにやってきた。かれらは着物を脱ぎ、それから夫が追いかけるのを逃げながら、妻はその石のまわりをまわりはじめた。

中世において、聖職者や王は厳に、石を礼拝したり、石の前で射精することを禁止する、数々の命令をたえず出していた」




おことわり


 わたしがこのような原始的な自然信仰にひかれるのは、形骸化した、意味のわからない現代的慣習とちがって、原理的・起源的な意味をあらわしてくれるからだと思います。かたちだけの、みんながしているからするみたいな慣習にはおおよそ模倣する意味を見出せません。自然信仰はより原理的な意味を開示してくれるからでしょう。

 ただし、これらの世界観を信じるかといえば、まったくありえません。考え方、論理の構築に意味を納得するだけであって、信仰とか世界観にまでおしあげるのはまたべつの話です。そういう考え方のひとつとして敬重するだけです。もうね、物質的科学的世界観の土台はいかんともしがたいですからね。


4796700803エリアーデ著作集 第2巻 豊饒と再生
ミルチャ・エリアーデ 久米 博
せりか書房 1974-07

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▼おおよその地図
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