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11 02
2013

日本崩壊80年周期説

三代目が日本を崩壊に導くのか――『「坂の上の雲」と日本人』 関川 夏央

4167519127「坂の上の雲」と日本人 (文春文庫)
関川 夏央
文藝春秋 2009-10-09

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 司馬遼太郎も40年のサイクルを憂えていた。

 <偉大な明治><健康な明治>は40年をすぎた日露戦争をさかいに、なぜ「奇胎の四十年」を生み出したのか。

「日本の近代を食い荒らしたこの胎内の異物は1905年から45年までの「日本近代40年」のことである」



 と司馬遼太郎は書いている。

 「若くて健康な日本」は日露戦争をさかいに不機嫌で病的な軍事国家に変質した。司馬は68年の学生運動に「自由で食える国」をやめてまたあの「奇胎」の時代にもどろうとしているのではないかという恐れから、『坂の上の雲』を書いたという。

 解説の内田樹はいっている。

「『坂の上の雲』を健全なナショナリズム賛歌のようなものとみなして、それを高く評価する人も、それゆえに批判する人もいまでに多い。けれども、この作品に伏流しているものが、その「健全さ」がどれほどたやすく失われるかについての不安であることを、日本人そのものに対する不安であることを見抜いた人は少ない」



 司馬は軍の暴走をつくったのは軍だけの責任ではないといっている。その源泉にはポーツマス講和条約に反対し、日比谷公園で暴徒化した大群衆にあるのではないか。「この大会と暴動こそ、むこう四十年の魔の季節への出発点ではなかったのかと考えている」。

 大岡昇平も同じようなことをいっている。

「では祖国は敗けてしまったのだ。偉大であった明治の先人達の仕事を三代目が台無しにしてしまったのである。…あの狂人共がいない日本ではすべてが合理的に、望めれば民主的に行われるだろうが、我々は何事につけ、小さく小さくなるだろう。偉大、豪華、崇高等の形容詞は我々とは縁がなくなるだろう」



 この三代目というのが漱石が『三四郎』などでこだわった「明治十五年以後生まれの青年」たちだ。この世代が「奇胎の四十年」とよばれる暗くて不健康な時代をつくったのだろうか。

 この漱石の「高等遊民」の出現とおなじような昭和の若者の無気力やひきこもりの元祖の出現をみた稲村博は、日本社会の80年周期説をとなえた。

 「明治十五年以後生まれの青年」を単純化して戦後から十五年にあてはめれば、「昭和35年以後生まれの若者」になる。この世代ころから昭和はひきこもりやフリーターといった「やる気のない若者」を生み出してゆくのである。

 日本の「経済大国化」の夢に追いつけず、もう降りてしまいたいと思うようになった若者たちである。わたしには身の覚えがあるというか、42年生まれのわたしは先行世代の経済主義的な生き方がたえられない。こんご、この世代が「奇胎の四十年」をふたたび招来させるのだろうか。

 不名誉な冠をいだいた反論として、昭和の経済化はほんとうに「若くて健康的」だったのかと思う。国家や会社のために自分の人生を犠牲にする価値観が理解できなかったから、先行世代の目標や坂の上の雲に反撥したのである。そういう意味で明治の若くて健康的な四十年も、司馬のいうように礼賛にあたいするか、世代としては承服しかねる姿勢である。

 成長や上り調子の四十年というのは昭和の高度成長も、なりふりかまわない激務やたまたま経済的な順境に合致しただけであって、その時代の人間の精神や素質が優れていたとは思われない。なにより第三世代はその裏面や疲労倦怠を知っている。

 先行世代がりっぱだったのではなくて、先行世代の夢を継承する気になれないのである。世代の素質ではなくて、時代環境の違いに過ぎない。継承者はその先行世代のがんばりや邁進の気持ちがもう理解できないのである。

 戦後の日本は90年のバブルピークをさかいに「失われた二十年」といった月日を停滞している。ちょうど戦後から四十五年目からである。2013年は戦後から68年をすぎている。サイクルがくりかえされるとしたら、司馬遼太郎のいうような「奇胎の四十年」はもう半ばをすぎたといえる。第三世代はこの日本をまたあの崩壊の危機に立たせるのだろうか。80年目は2025年にあたっており、ふたたび目をおおう惨状を地上に出現させることになるのだろうか。

 なおこの本は終りのほうに以上のようなことがまとめられており、内田樹の解説が簡潔に要を得ている。評論的なことはさいしょの章にすこしのべられており、中身は日露戦争の史実をたどった内容が多いだろうか。

 わたしはこの本から80年周期や上昇と崩壊の四十年の社会心理はどのようなものかさぐりたいと思っているのだけど、この本からはそれをつかめたとはいいがたい。日露戦争の戦術論といったものはまったく興味をもてないしね。関川夏央の文芸的なやわらかい文章はいいと思うんだけどね。

 
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