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10 30
2013

日本崩壊80年周期説

「昭和10年代を蘇らせるな」――『昭和史の教訓』 保阪 正康

4022731281昭和史の教訓 (朝日新書)
保阪 正康
朝日新聞社 2007-02

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 日本は40年ごとに上昇と崩落をくりかえしているという80年周期説の検証のためにしばらく近現代史に手をつっこんでみようと思う。

 2013年は戦後昭和のスタートから69年目であり、明治のサイクルでは69年目はちょうど1936年の二・二六事件がおこった年にあたっている。80年周期では日本が破滅へとむかっていった時代のふしめをむかえようとしているのである。

 こんかいのサイクルが前回のサイクルのように軍事行動に出る可能性はほとんどないと思うのだが、明治も昭和のサイクルもいずれもピークの40年ころを境に下落と衰退をむかっている。大正から昭和にかけての歴史を知らないわけにはいかない。

 この本は「昭和10年代を蘇らせるな」という帯のコピーが踊っている。日本が破滅へと向かっていた昭和10年代の失敗を学べという本である。

「二・ニ六事件は名実ともに成功して軍事主導体制ができあがったといっていい。あるいは日本軍国主義の国内体制は固まったという言い方をしてもいいように思うのだ。昭和十年代はこの二度目の二・ニ六事件によって、その運命が決まったということが、実は最大の教訓なのである。ここから学ばなければ、昭和史の重要な事実、あるいは重要な視点を見失ってしまうといっていいのではないか、と私は考えている」



 二・ニ六事件とは昭和11年に青年将校と兵士千五百人が要人邸など九ヶ所を襲ったクーデターであり、大臣や蔵相などが殺されてとんでもない事件である。

 これに先立つ昭和7年には青年将校が首相官邸や警視庁を襲い、犬養毅首相が射殺されている。しかしかれらに同情が集まり、減刑嘆願書が百万通あつまったということである。この事件の対応により、のちの二・二六事件につながり、国内の軍事主導体制が固まってゆくのである。暗い時代に転げ落ちていった最大の教訓はここにある。

 国連を脱退した松岡代表は国民に石を投げられると恐れていたそうだが、横浜の埠頭に二千人の国民が集まり、万歳を叫んでいたという。国民は満州事変を中国による不当な攻撃による戦争だと思い、なぜ日本の言い分が認められないのかと不満に思っていたという。新聞十二社も連盟で抗議を世界に発した。

 二・ニ六事件によって暴力による報復を恐れて人々や議員もだまるようになる。軍隊の暴走をとめようがない体制ができあがったのである。

 軍人というのは戦争をおこさないかぎり自分たちの存在理由をみいだすことができず、戦争の勝利によってのみ国への奉仕の強い確信が生まれる。そのために戦争への衝動はとめることができない。

 日清、日露戦争までは上昇気流に乗ったのだろうが、社会は40年目ほどのピークをへて下り坂にむかっていったのだが、再奮起をかかげようとして失敗したのが日中・日米戦争ではないのかと思う。

「日本の軍人たちは日清戦争で清国から莫大な賠償金(二億両)を獲得している。当時の国家財政の一・五倍である。それによって明治三十年代からの富国強兵は成りたった。さらに日露戦争によって満鉄の利権を始めロシアがもっていた権益を確保し、樺太の南半分もまた日本の領土とすることに成功した。

戦争に勝つことによって、日本は世界の一等国になったのである。その賠償金によって国は富める国へと変わっていったのである」



 軍人のこのような成功体験が、日中・日米戦争の破滅へと導いていったのである。軍人たちには国への奉仕と存在理由を証明したいと思い、よきことをしているといった確信をもっていたのだろうが、もう時代や状況はその挑戦を承認できないようになっていたのだろう。

 わたしの問題意識は社会の上昇と下落の社会心理や社会情勢といったものをさぐりあてたいという目的におかれているのだが、この本の問いはむろんなぜ昭和は破滅へと向かうまちがった道に落ち込んでしまったのかという検証である。問いはすこし違う。

 日本の社会情勢というものが40年ごとに上昇と下降の気流にのるとしたら、昭和の失敗は下降気流のなかにあって、上昇志向をめざしてしまったということになるだろうか。社会というのは上り坂と下り坂の気運というものをもつとしたら、昭和は下り坂を下ることしかできない社会情勢だったのかもしれない。いまの平成デフレや失われた二十年といった月日に似ており、そういうなかでむりをしてしまったことが国家的な規模の破滅をみちびいたのかもしれない。

 上昇と下降の80円周期というものがこんにちの社会にもあてはまるとしたら、崩落の四十年をげんざいもたどっているといえるかもしれない。そういう意味でさいごの崩落へとむかっていった昭和十年代というのは、これからの未来を暗示するかもしれない貴重な歴史の教訓である。このような歴史のわだちは日本社会に組み込まれているのだろうか。

 戦後のパターンが前半40年の高度成長期と、それ以降の40年は失われた二十年といった崩落と停滞の道すじをたどっている。明治から昭和にかけてもこのようなパターン・サイクルはあったのだろうか。そういう検証のためにしばらく近現代史の本にとりくむつもり。


昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)戦前日本の「グローバリズム」 一九三〇年代の教訓 (新潮選書)日本の失敗と成功―近代160年の教訓昭和史発掘 (7) [新装版] (文春文庫)二・二六事件とその時代―昭和期日本の構造 (ちくま学芸文庫)


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