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10 26
2013

書評 労働・フリーター・ニート

84年を基点とした労働論――『スクリーン労働論』 佐藤 忠男

0804.jpgスクリーン労働論
―映画にみる働くことの思想 (1984年)

佐藤 忠男
凱風社 1984-04

by G-Tools


 労働について深く考えた本ってそうなかったと思う。とくに80年代、90年代にはそうだった。いまは非正規問題やブラック企業でいっけん労働関係の本はふえたけど、本質的な問題を考えているわけではない。

 労働については誇りややりがい、または体裁、苦悩や退屈、逃走を考えたらいいのだろうか。90年ころに社会にふらふらとさまよい出したわたしはなんでこんなに労働について考えた本はないのだろうと思ったけど、ひきこもりやフリーター、ニートの問題はこのころからはじまっており、しっかり考えるべき時代に考えなかったツケがきているのだと思う。

 そのころは新卒就職がうまくいっていて、若者は労働についてさして悩んだり考えたりせずにエスカレーター式に仕事や会社にはこばれたために、問いかけを忘れていたのだと思う。あるいは「疑問をもったらおしまいだ」と封じていたのかもしれない。いまは新卒エスカレーターが非正規などで機能せずに、考えざるをえない時代に追い込まれたのだけど。

 そういうころの84年にこういう映画の労働論が出ていたなんて知らなくて、古本屋でしかもう手に入らないだろうこの本を思わず手にとった。

 もうほとんど見られることのない映画がおおくとりあげられていて、古くは1930年代の小津安二郎の映画ころからとりあげられている。映画って古い映画が見られることはなくて、むかしをまったくかえりみられない風潮やメディアってなんだろうと思う。新しいものしか消費されない傾向に映画も収まったままでいいいのだろうか。いまの問題もむかしも同じようにあったと知ることは、先進性や新しさを誇る現代のこっけいさを見せるね。

 この本を読んでいると80年ころの労働や社会の情勢がどう捉えられていたか、展望をみることができるね。ソ連や中国の文革などがとりあげられるあたり、社会主義の労働観もつよく日本に影響をあたえていたことがわかる。

 中国の文革なんて知識人を地方の農村に下放して、労働者が国をつかさどるべきだという思想があってそれが過激化されたのだけど、肉体労働者の侮蔑と知識労働の崇拝というヒエラルキーという土壌がつよくあってこその思想だとわかるね。ナチスも同じような思想をもっていて、知識人や商人のおおいユダヤ人迫害に結びついて、いかに労働者に誇りがもてなかったかと推測できるね。

 サラリーマンものの映画がよくつくられた時期があり、昭和初期の不景気の時代からだという。小津安二郎はそのころの名監督。「会社員生活」「東京の合唱」「生まれてみたけど」などは不景気でクビをおそれて上司にぺこぺこ、クビになっても家族にいえないというサラリーマンの「小市民映画」とよばれるものがよくつくられたそうだ。

 戦後は源氏鶏太原作の「三等重役」ものがたてつづけにつくられた。会社の一家団らんをえがいたその一群は高度成長期の60年代に栄えただけだった。

 80年ころには十数年、明治の再評価がテレビや大衆文学でされていたといわれている。明治の元勲、財界人の志の高さや努力を賞賛するもので、司馬遼太郎とかをさしているのだろうか。でも著者は軍拡にもちいた外貨は明治の女工哀史とよばれる繊維女工たちが稼いだもので、もっとよい目的で使えたはずが、明治の元勲たちが外国を侵略するためのカネに使ってしまったと批判している。

 この本で衝撃だったのは、織田作之助原作の『わが町』が紹介されていることで、この一事でほかのことがいっさいかすんでしまった。

 フィリピンの過酷な出稼ぎ労働を誇りにする大阪下町の男が、妻や娘夫婦をそのことによって死なせ、孫娘夫婦も同じ目にあわせようとするのだが、こんどは反撃に会って、思い出の南十字星をプラネタリウムで見ながら死んでいってしまうという物語である。

 舞台は日露戦争の凱旋帰国にこの男が帰ってきてまちがわれるところからはじまっており、この男はおおくの国民や労働者を犠牲にしてきた日本帝国の告発に重ねられることがよくわかるようになっている。

 わたしが日本の過重な労働社会にたいする憤りがまさにこの映画のメッセージにえがかれていると思った。戦争批判のかわりに難工事というすりかえをもってきたために、現代の経済主義への批判にもかさなる内容になっているのである。激賞するのだが、織田作之助は『夫婦善哉』はよくドラマ化されるのだが、この秀作『わが町』も忘れられてはならないと思う。

 国家の誇りや勢力のために労働者は犠牲にされている。国家が強国になるためにこの国の過重な労働主義はまだ時代をおおっていると思うのである。労働者はその規制や縛りを解除することができずに、過労死やニートという問題をはらみながら、この国は衰退に向かっている。問題の原点はここだと思うのである。


▼この本も70年ころの労働論の秀作だね。
CIMG000311.jpg生きがいの周辺 (文春文庫 189-2)
加藤 秀俊
文藝春秋 1976-09

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▼わたしの書評
40年前もいまも変わらない職業と自尊心の問題―『生きがいの周辺』 加藤 秀俊

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