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10 10
2013

日本崩壊80年周期説

明治と昭和の崩壊パターン――『日本の迷走はいつから始まったのか』 小林 英夫

4098251078日本の迷走はいつから始まったのか
近代史からみた日本の弱点 (小学館101新書)

小林 英夫
小学館 2011-04-01

by G-Tools


 日本は80年周期で上昇と崩壊をもたらすというサイクル理論で、明治からの80年と昭和敗戦からの80年を重ねてみたいという思いをいぜんからもっていた。

 けっこう時代的に符合することもおおくて、歴史がそのままそっくりくりかえすことはないだろうが、似たような社会現象を通過するのではないかという推測と未来の参考にはできる。

 この本は明治から現代までの通史をえがいており、近現代の歴史知識不足のわたしにはちょうどよい書物であった。ただタイトルの「迷走」うんうんの話はアマゾンのレビューでも不評で、どちらかという通史のウェイトが大きい本である。

 日本の迷走は世界ルールの転換の認識と対応の遅れとカバーではいわれているのだが、通史が多い中でどこをさすのかすらよくわからない。堺屋太一もずっといいつづけてきたことだね。

 第一次世界大戦は総力戦体制で、死傷者を数多く出したその戦争は世界のルールを変えたのだが、日本にはちょくせつに被害をもたらしたわけではない対岸の戦争であったため(それどころか戦争特需にわいた)、いぜんの成功体験であった日露戦争の勝利法に固執しつづけて、第二次世界大戦で未曾有の大惨事を経験することになったということだろうか。

 第一次世界大戦の戦死者は連合国側が約五百万人、同盟国側が約三百万人、合計八百万人というすさまじい数である。

 総力戦体制というのは従来の職業軍人のみの戦争ではなく、国民全体が総力体制でおこなう戦争のことで、飛行機や戦車をつかうために労働者の協力も必要になり、軍人も国民も一体となって戦争に向かう体制のことである。このような転換があったのに第一次世界大戦を経験しなかった日本は、10年前の日露戦争の経験で闘うことになったのである。

 といっても日本は1940年代に総力戦体制を築いているのだけどね。そのために民間の国民も攻撃対象となり、大量の死傷者を生むことになる。

 また大恐慌も世界のルールを変えた契機になったといっているね。1920年代は第一次世界大戦の反省から国際協調がおこなわれていたのだが、29年の大恐慌によってブロックごとの競争・対立に変わっていった。日本は舵取りがきわめてむずかしくなったということだね。

 日本はバブル崩壊と同時におこった冷戦の終焉によって、迷走と停滞をおこしている。戦前にも日清・日露戦争まではきわめて順調に上昇しているのだが、それ以降は低迷や暴走をおこしたことになるのだろう。戦後の日本は高度成長で順調に上昇したのだが、バブル崩壊を境に「失われた二十年」といわれる迷走をつづける。そのパターンも戦前の時代にもおこったことではなかったのか。

 80年周期説では半分の40年で上昇をへてピークをむかえ、のこりの40年で下り坂と破滅をむかえるとされる。明治維新が1868年、それから37年後の1905年に日露戦争の勝利によって、「一等国」入りするという絶頂をむかえている。

 戦後の周期では1945年からはじまり、高度成長をへて、バブル崩壊の1990年までは45年だ。バブル景気のころは経済大国のアメリカを倒すような絶頂の時期だったね。

 しかし戦前の絶頂期はながくつづかず、1929年の大恐慌をへて、1945年までの暴走と迷走の16年をむかえている。今パターンでは1990年を境に「失われた二十年」という坂道を転がり落ちつづけるのは戦前を踏襲しているかのようだ。今期の破滅が2025年と設定されているのだが、16年前は2009年ということになり、2008年のリーマン・ショックに符合することになる。

 日本は80年周期の前半の約40年は欧米のモデルをもって、キャッチアップや一極集中型で高成長の成功をもたらすのだが、40年目くらいに目標が達成されて瓦解、世界ルールも変わっているのに旧時代のルールに固執して迷走と暴走をくりかえす、そういったパターンを明治期も、こんかいの昭和期においてもくりかえしているのである。

 目標が達成されたあとの困難である。目標一直線に緊密に拘束された社会システムがとたんに役にたたなくなり、閉塞やアノミーのみが漂い、崩壊と瓦解へと下り坂を転がりつづけるのである。

 どうも日本はいっせいに集団で走り出すという習性が、前半の40年には功をもたらすようだが、後半の40年は仇となって、停滞と崩壊への坂道を転がりつづけるパターンを生み出すようだね。

 基本的に日本は一極集中、ひとつの価値目標に団結・集結する風土をもちすぎて、違う目標・価値観をもてないつまらない、融通の利かない、人々に違った道や自由をゆるさない強制的な雰囲気をつくるようだね。それが成功をもたらし、同時に不幸と崩壊をもたらす。

 2025年に80年周期の予測どおりにカタストロフィーがきてしまうのなら、この二度の踏襲をしてしまった社会制度、社会因習というものを警戒しながら、社会目標や体制が組み立てられる必要があるのだろうな。

 「みんなでいっせいに同じ方向に走るな」。さいしょの40年は華やかな成功を夢見れるが、のこりの40年に悲惨で融通の利かない坂道と停滞をむかえることになると。

 カタストロフィーと予測された2025年まであと12年。戦時中のような悲惨で凄惨な体制末期の惨状がこの日本にやってくることになるのだろうか。あなたならどのような崩壊シナリオをえがきますか?


「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造日本近現代史を読み直す満鉄が生んだ日本型経済システム戦争論 〈新装版〉: われわれの内にひそむ女神ベローナ (りぶらりあ選書)総力戦と現代化 (パルマケイア叢書)

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