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09 29
2013

日本崩壊80年周期説

終末のカウントダウンはすでに――『日本人はなぜ破局への道をたどるのか』 藤井 青銅

484706058X日本人はなぜ破局への道をたどるのか
~日本近現代史を支配する「78年周期法則」~
(ワニブックスPLUS新書)

藤井 青銅
ワニブックス 2012-08-08

by G-Tools


 2020年の東京オリンピック開催決定によってまた80年周期説が符合したから、この興味をほりおこすことにした。戦前では1940年に東京オリンピックが決定されていたのだが、日中戦争によって中止。破滅をむかえる1945年までの5年前。

 80年周期説にならうと2025年に破滅をむかえる5年前が東京オリンピックの2020年だ。このころの日本はサイクル説ではかなりヤバイ時期に突入しているはずだ。

 この本では「78年周期法則」にしているのだが、明治維新は1968年だから破滅の1945年までは78年、きっちりと計算している。わたしの依拠してきた稲村博はプラマイ2、3年ほどは誤差にふくめているのだろう。

 80年周期説というのは日本は上昇と下降の時代をそれぞれ40年もち、ピークのあたりに目標を達成し、目標をうしなったアパシーや高等遊民といった若者を生み出し、あとは下降と停滞の時期をすごして80年目に破滅のサイクルをむかえるというものだ。

 日本はどうもひとつの目標にいっせいに走り出し、ピークで息切れしてあとは坂道を転がり落ちるだけのパターンが、明治からと昭和戦後のスタート時からくりかえしているようだ。社会の結集と散逸というパターンが日本的集団の特性として80年周期くらいにあらわれている。

 江戸時代に爆発的流行をした全国民のおかげまいりも60年~70年周期でくりかえされたというし。社会集団というのはこの時代節目くらいに制度疲労をおこす。老化をひきおこして、新たな若返りの体制を必要としていたといえるのだろうか。社会制度は80年くらいまでに一度死ななければならないのか。

                    *

 この本では考察をふかめるよりか、明治から敗戦、敗戦からげんざいまでの歴史を羅列しておさらいしたという印象が強いね。でもただ近現代史を羅列するのと、こういう周期説を前提にした語りではやはり俯瞰のまなざしが違うのだけどね。

 この本で78年周期法則の符号があらわれていると見るのは――。

 明治の藩閥政治・官僚制の開始と、戦後の自民党一党体制がスタート時から10年目
 大正と平成の改元がスタートから45年目
 世界大恐慌がスタートから62年目、リーマンショックが64年目
 三陸・東北の津波がスタートから66年、67年目におこる



 世界大恐慌の符号がいちばん恐ろしいね。ただこんかいのリーマンショック、世界の株価大暴落はヨーロッパに激震と国家破綻危機をいくつかの国にもたらしたにせよ、2013年の時点では日本では沈静化の観があるね。

 明治の成長とピークのころは日清戦争(1894年・明治27年)、日露戦争(1904年・明治37年)になるのだろう。戦後は60年代に高度成長をむかえ、明治とくらべて勃興は早め。1968年・昭和43年にGNP世界第二位になっている。

 明治の37年目のピークのころ、戦後の37年目は中曽根内閣が翌年に発足しており、民営化や市場化がはじまり、バブルが1986年・昭和61年ころからはじまり、1990年・昭和64年・平成元年にバブルが崩壊している。スタートから46年目である。

 このころから若者の無気力やアパシーが話題になりはじめ、のちのひきこもりやニートにつながる流れが生まれはじめている。稲村博はこの流れが明治期においても漱石の「高等遊民」や啄木の「時代閉塞の状況」のようなかたちであれわれ、80年周期説の存在をとなえた。社会が目標を達成し、目標をうしない、アパシーや無気力になるピークをこえた諸現象があらわれるようになる。

 「失われた20年」はまさにその流れの延長だね。堺屋太一は「下り坂の時代」とよんだのだが、ピークをこえた社会は前半に上りつめたように後半には一気に下り落ちる。そして戦前の暗い時代の戦争の泥沼化や敗戦のようなカタストロフィーを、こんかいも同じわだちを踏むことになるのだろうか。

 昭和2年・1927年から昭和恐慌がはじまっているのだが、千五百近くあった銀行はわずか五年で三分の一になった。平成にバブル崩壊後に銀行の不良債権が恐れられたのはこの過去の経験があったからだ。戦前は五大銀行に集中するようになり、いままた「○○ホールディングス」のようなライバル会社が合体するような戦前の財閥化に近いかたちがおこるようになっている。

 恐慌がおこり、農民や労働者が疲弊している中で、昭和7年・1932年に青年将校らが犬養毅首相を射殺、警視庁、日本銀行をおそう5.15事件がおこる。国を荒廃させる政治家を討伐したと国民から同情される。大臣や蔵相らが殺された2.26事件が起こったのはそれから四年後。

 昭和7年はスタートから65年目、こんかいでいえば2009年・平成21年ころにあたる。リーマンショックの翌年。無差別殺人事件がおこったのは、1999年・平成11年から2010年・平成22年にかけてだ。戦前のアナロジーにおけば、この無差別殺人群は心理的な要因で理解されることが多かったのだが、政治テロの一種だと認識することもできる。われわれはそれらをどうして政治テロと見なす目を失ったのか、あるいは政治的なテロとしての回路を失ったのか。

 著者は体制崩壊期を「最後の十五年」としてくくっている。1930年、昭和5年から敗戦の1945・昭和20年までだ。78年周期であてはめるとこんかいの終焉は2022年・平成34年だ。2007年から終末の15年のカウントダウンははじまっていることになる。稲村博は80年周期で、2025年をカタストロフィーの年だと予想しているのだが。

 1931年に満州事変がおこり、日中戦争は1937年、国家総動員法は翌年の1938年、太平洋戦争は1941年、カタストロフィーは本土空襲と原爆投下、敗戦の1945年。

 こんかいは戦前の軍事行動のようなカタストロフィーをむかえるとは考えにくい。時代状況が違うし、戦後の第一目標は「経済大国」になることだったからだ。

 その得意で一極集中したもので破滅をむかえる、身を滅ぼすシナリオがいちばん妥当なのではないか。経済破綻や国家破産、年金崩壊といった経済的なカタストロフィーだ。社会はその一極価値に奉じて、その一極価値ゆえに滅ぶというのは皮肉であるというか、ほとんどお笑いである。

                  *

 周期理論、サイクル説というのはどれだけ妥当なのだろう。歴史がきっちりと法則どおりに転がるとは考えにくい。ただ似たような傾向、現象をおびるということは、人間の生命の老化にもあてはまるように社会にもありえると考えられるかもしれない。社会体制も成長し、成熟をむかえ、老化と死にむかってゆく。社会体制も一度死に、あらたによみがえる必要があるのかもしれない。

 そういう死と再生は神話的世界・呪術的世界が儀式としておこなってきたものである。かれらは社会の盛衰をパターンに社会にくみいれようとしていたのだろうか。

 軍事化がめざされたのが第一期だとすると経済化がめざされたのがこんかいのサイクルの第二期。第三期には芸術や学術、あるいは人間化といった流れがおこるのだろうか。この経済一極型の社会体制からは考えられないことだけどね。

 社会体制は大きな破滅・カタストロフィーをむかえないとその反省と再構築をおこなう再出発しようとしないのだろうね。それでその価値観に奉じた破滅をむかえなければならない。死ななければならない。今期の社会体制は死のカタストロフィーを用意しているのだろうか。終末のカウントダウンはもうはじまっているのかもね。


▼わたしの考察した80年周期説
 「近代の文豪が生きた時代から未来を読み解けるか
 「急激な凋落をもたらす日本的体質」 99年に書いたものですね。広告ばかりですいません。
 「大恐慌のサイクル理論が当たってきた

▼この本もさがして読むつもり。
4062170418日本は80年周期で破滅する
北見 昌朗
講談社 2011-08-26

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▼明治のピークをすぎた文学者たちの生き様。
4140883782「一九〇五年」の彼ら―「現代」の発端を生きた十二人の文学者 (NHK出版新書 378)
関川 夏央
NHK出版 2012-05-08

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▼堺屋太一は歴史のアナロジーを手法としているんですが。
4062170981第三の敗戦
堺屋 太一
講談社 2011-06-04

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