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09 28
2013

書評 小説

労働からそれる人びと――『ブッデンブローク家の人びと 』 トーマス・マン

4003243331ブッデンブローク家の人びと 下 (岩波文庫 赤 433-3)
トーマス マン Thomas Mann
岩波書店 1969-11-17

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 三巻ぜんぶを読み終えた。連載小説のような主人公がどうなるのかという期待を寄せるような語りになっているのね。主人公たちの亡くなり方がずいぶん印象に残るような書き方になっている。

 商家の四代の話というふれこみになっているが、わたしにはコンズルとその息子トーマス、そして息子のハンノの三代の物語しかおぼえがないんだけど。トーニというトーマスの妹が全面に出てくることがおおいのだが、この女性の離婚劇がなんのためにもってこられるのかよくわからない。

 全体の俯瞰を記憶する力がわたしにはなくて、没落の話は二代目のトーマスのころにずいぶん翳をさすようになっている。その息子が音楽に傾倒して事業向きでないことのトーマスの葛藤がはらはらする。

「今は、自分が理解できない音楽への熱情が、息子のハンノのこころまでを、こんなに幼いうちから、第一歩から、徹底的に虜にしてしまったのを見て、父親にとって音楽は、子どものこころを自分から隔ててしまう敵味方の世界と感じるようになった。子供をほんとうにブッデンブローク家の一人に育て上げ、強い人間、現実の世界に足をしっかりとおろして、まわりの世界、権力、征服に憧れ、逞しい野心を持つ人間に育てようと夢想していたのに」



 なにか父の失望と葛藤と息子のいきたい先をもっと争ってほしいと思うね。

「しかし、ハンノは、こういう健康増進の娯楽には、嫌悪の色を見せただけであった。冷ややかな、高飛車ともいえる無言の嫌悪の色を見せ、父親を立腹させた。……なぜハンノは、同級生や同年輩の少年たちに触れ合う機会を、少しも持とうとしないのだろうか、いつか手を取り合って暮らし、一しょに仕事をしなければならない少年たちに? …男の子供は、同じ社会に生まれ育ち、一生のあいだ逃げられない同年輩の人間の信望と尊敬を、幼少からどういう形かで集めなくてはならなかった」



 軟弱なわたしは親からのこういう要請を感じていて、ひじょうに気持ちがわかるね。芸術方面に興味をひかれるものは個の充実にかたむき、事業や人間の連携のようなかたちにはひかれない。親の焦燥はこういう面にあらわれるのだろうね。 

 事業の没落の予感や抵抗はいろいろな方面からのびてきて、当のトーマス自身も人生に疲れを感じてきて、弟のクリスチアンも身を持ち崩すばかり。

「働け! しかし、働きたくても、働けなかったら? 長く働いていられなかったら? …ぼくは、同じことをつづけていられないんだよ。気持ちが参ってしまって! 兄さんは、それが平気だったことは、これからも平気でできることは、結構なことだよ。そうだからといって、人を裁くのは、よくないよ。兄さんの手柄でもなんでもないんだから。……ある人間は、生まれつきそれができるし、ある人間にはできないということだけなんだから。」



 弟のクリスチアンは労働倫理の遵守という兄が平気でできることができないようだ。怠け者という言葉でくくられもするが、私自身もこういう葛藤が強いのでひじょうに気持ちがわかる。肉体も精神も規律正しい労働の無限再現をくりかえす毎日にたえられないし、意味も価値も感じられない。一家を守ってゆこうとするトーマスのまわりにはそれに抗する力がいくつもしのびよってくるわけだ。

「商売のことにかぎって見ると、だいたいからみて資産はぐっと少なくなり、仕事は、後退につぐ後退であったというのが世評であった。」



 とうとつなんだが、トーマスはなぜかいきなり悟りの体験、神秘体験を得ることになる。闇が裂けて、永遠の光にあふれた果てしない世界が見渡せたという記述がとーとつにあわらわれる。ぼくは生きつづけるだろう、死は終りなのか、ぼくの体がなくなったらどうなるのだろう、ぼくはすべての人間の中に生き残ることになるだろう。この小説の神秘体験のいきなりの記述はなんなのでしょうね。

 トーマスは歯の治療の失敗と帰宅途中の転倒によって、連載小説のように劇的に亡くなることになる。そしてブッデンブローク商会は清算して解散することになった。息子のハンノはチフスの一般的病状が解説されたあと、墓の下に眠っているという連載小説ではおどろくべき展開を見せることになる。商会の歴史は終ってしまうのである。

 没落の要因や原因を俯瞰する能力はわたしにはないw あっさり。


▼下巻では芸術と市民生活の葛藤のテーマに興味をひかれるね。作家はこういう人生を宿命的に背負ってしまうんだろうね。
車輪の下 (新潮文庫)月と六ペンス (新潮文庫)荒野のおおかみ (新潮文庫)


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