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09 21
2013

書評 小説

愚かな民衆の改革――『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊)』 魯 迅

400320252X阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)
魯 迅
岩波書店 1981-02

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 中国との歴史、魯迅がはたした役割のことを先に知らないと、なんとも要領のえない読後感がのこるだけだな。佐高信が反逆の人・魯迅と讃えていたから、読みたかったのかな。この本からはあまりそういうことはうけとれなかったのだけどね。

 『狂人日記』は人が人を食うことの疑念が抜けない男の話。『阿Q正伝』は愚かでマヌケなひとりの日雇い労働者の町でのいさかいとかもめごとを描いていったユーモラスな話。ほかにエッセイのような小品がたくさんならぶ。

 松岡正剛の書評でなんとなく理解する。

 「716夜『阿Q正伝』魯迅 | 松岡正剛の千夜千冊」

 日本では民衆のことをバカにする知識人はすくないわけだけど、魯迅は中国の民衆をこきおろした。そういう姿勢をもたない日本では魯迅のようなタイプの知識人が焦がれているのではないかと。

 民衆の精神の改造や改革をもたらそうとした知識人はそういないのではないかと。

 民衆を徹底的にこきおろした知識人はヨーロッパの系譜にないわけではない。大衆批判論としてニーチェやオルテガ、リースマンなどの系譜がある。日本では西部邁がその路線を継承したのだけどね。ただそれを民衆の精神の改造や改革に手をのばそうとまでにつなげた人はすくないだろうね。

 民主政治にとってはタブーなんだろうか。むかしテレビによる一億総白痴化とかはいわれたりしたんだけどね。

 愚かな民衆とそれを引率する知識人という図式は、西欧の植民地主義の思想の根拠となってきた考えである。民衆が愚かなら、モノをわかる人間が導いてやらなければならない。愚かな人間は煮ても焼いても自由、その土地から追い払って自分の資源としてもよろしいという考え方までのばしてきた。

 知識の青写真をもつものは逆に危ないと見なしてきたのが、こんにちの民衆の消費悦楽志向やポップ・カルチャーの耽溺を生み出してきたのでないか。

 一巡した先に知識の役割と限定はどこに引かれるべきだろうね。


魯迅評論集 (岩波文庫)魯迅――東アジアを生きる文学 (岩波新書)故事新編 (岩波文庫)魯迅烈読 (岩波現代文庫)魯迅に学ぶ批判と抵抗~佐高信の反骨哲学 (現代教養文庫ライブラリー)


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