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09 15
2013

書評 小説

成功の頂点の没落の予感――『ブッデンブローク家の人びと〈中〉』 トーマス・マン

4003243323ブッデンブローク家の人びと〈中〉 (岩波文庫)
トーマス マン Thomas Mann
岩波書店 1969-10-16

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 中巻ではコンズルの息子のトーマスがほぼ中心に物語が語られるようになる。

「トーマス・ブッデンブロークが、手綱をとるようになってから、営業法には今までよりも独創性と積極性にみちた新風が吹きこんだことが、まもなく目にとまるようになった。ときどき冒険がされ、商会の信用が、これまでの行き方では、ほんとうは一つの観念、理論、装飾にすぎなかったのが、こんどは誇らかに示され、利用されるようになった。……取引所で商人たちはうなずき合った。「ブッデンブローク、なかなかやりますな。」とささやき合った」



 この小説ではいろいろなエピソードが語られるのだが、どちらかというと商売やビジネスの内容よりか、家族のありよう、変化がおもにとりあげられていて、それが何の意味をあらわすのか、書かれる価値はなんなのかと早急に知りたいわたしとしては、このエピソードの記述群はなんなのだろうと悩む。べつに感情的な琴線にふれることはほとんどないしね。

 もしビジネス書だったら、ブッデンブローク家の商売の内容、どういったことで利益を上げ、業績の中心を担っているか紹介されただろうし、なにか開発や新しい営業方法などがとりあげられただろう。しかしこの本は小説なのである。家族のエピソード群はなにをあらわすのだろう。でもビジネス書としてのブッデンブローク家の商売と歴史のような本が出されても、100年後のこんにちのわたしたちが読むことはなかっただろうね。あったとしても新しく歴史がたどられた本になるだろうけどね。

 もうひとりの主役トーニはふたたび結婚することになるのだが、ブッデンブローク家の栄華をしめさなければならない身としてはとんでもない「ババ」をつかむことになる。

「「ト-ネルル、もうたくさん。あとはもう一文もいらん。これまであくせく働いてきた。このへんでのんびりしたいよ、いやはや。一階と二階を間貸しして、二階だけでけっこう暮らしていける。豚の腿肉を食べて、これからは、体裁をつくろったり、無理したりすることはいらないからね。……夜はビールを飲みにホーフブロイハウスへ行く。財産家ぶることはないし、ぼろい金儲けをすることもないしね。だらだらりんこのその日暮らしをしたいよ! 明日から足を洗って、無職で暮らすよ!」



 トーニの持参金によって無職で暮らすことに決めたこの男。のちにトーニに浮気現場を見られ、妻との離婚をむかえることになる。このエピソードは大金をもちながらも商売をつづけてゆくことのキツさをしめしているんでしょうかね。ある意味、国家目標をたっしてしまった明治の高等遊民や、昭和バブルを通り越したひきこもりやニートと共通する心性がめばえたことを示唆するのかもね。

 順調にいっていたトーマスもしだいに弱気を見せるようになる。豪邸の新築を完成したあたりだろうか。

「「成功とはなにをいうのだろう? 言葉で言い表せない、ひそかな力、深慮、気構え、……自分が人生の流れに立っているというだけで、まわりに圧力を感じさせているという意識。……人生が自分の思い通りになるという信念。…ぼくの内部でなにかが弱まり始めると、なにかが弛緩し、疲れてくると、まわりでも、すべてがばらばらになり、こちらの言うことを聞かなくなり、反撥し、手に負えなくなるんだよ。……そうなると、つづいて起こるんだよ、へまなことがつぎつぎと起こって、お手上げになるんだよ。…『家が建てられると、死に神が住まいにする』ってね」」



 没落の要因を語った重要な場面だろうね。トーマスの代はまだ順風だったと思うのだけど、早くも没落や崩壊の心配ににぎりしめられている。「予感」は早くも当主をつかんでしまうものだろうか。

「「幸福や上り坂は、それが表面に現われて、目に見えるようになり、手で触れてみられるシンボル、印しになったときは、ほんとうはもう下り坂になっているんだよ、表面に現われるシンボルは、現われるのに時間がかかるんだよ、空のあの星のようにね。最も明るそうに光っているときは、ほんとうはもう消えかかっているんじゃないか、もう消えてしまっているんじゃないか、ぼくたちにはわからないよ。……」



 繁栄の頂点と思われる時点でもう下り坂を転がり落ちはじめている。トーマスにはこういう洞察が巣食いはじめたようだ。

「商売と市政のことで、この何ヶ月のあいだにつづいていた失敗と屈辱の数々のために、気持ちが苛立っていたところへ、こんどのことが飛び入りしたのであった。……なに一つ思うようにならなかった! なに一つすらすらと運ばなかった! 生まれ育った家庭のなかでも、重要な問題で「無視」されるようになったのか……? …ここでも、自分の運、力、未来、信念がぐらつき始めたのであった」



 失敗や没落の予感をかかえながら物語りは下巻へとすすむことになる。栄華を誇ったブッデンブローク家はどのように「没落」してゆくのだろう。

 この家系の物語は、国家であろうと社会であろうとある程度共通のわだちをたどることになるのではないかと思う。家系はコンパクトな国家である。このブッデンブローク家の物語からそういう教訓をひきだせればいいのだけど、エピソードひとつひとつにそういう要因を読むこめるのか、わたしにはいくぶんあやしい。


魔の山 (上巻) (新潮文庫)トニオ・クレーゲルファウスト博士 上 (岩波文庫 赤 434-4)ヴェネツィアに死す (光文社古典新訳文庫)トーマス・マンの青春―全初期短編小説を読む


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