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08 13
2013

書評 小説

Kが自殺したほんとうの理由?―『「こころ」で読みなおす漱石文学』 石原千秋

4022647043「こころ」で読みなおす漱石文学
大人になれなかった先生 (朝日文庫)

石原千秋
朝日新聞出版 2013-06-07

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 『こころ』は高校教科書にとりあげられていて、高校生に少なからずの重い問題をつきつける小説だったね。また漱石はどうして国民作家となりえたのか、なにが国民作家にのしあげたテーマをもっていたのか、といったことは知りたいと思うね。

 『こころ』の先生は親友のKに裏切りをおこなったために自殺したのだとふつう読むね。ここでは違う解釈が語られる。

「Kは孤独を自覚したために自殺したのであって、恋に破れたから自殺したのではありませんでした」

「Kが自殺したのは、伝えたいことがあるのに伝えられない、そういう孤独を生まれてはじめて自覚したために違いありません。自分が「たった一人」であることさえ知らずに生きてきたKに、その孤独に耐える力はありませんでした」



 Kは「自分以外に世界のある事」を知らない人物、徹底したナルシストだったといわれている。たいして先生は他人の表情は気分でぐらついてしまい、Kに劣等感を抱き、なにをしてもKに及ばないという自覚をもっていた。

 先生は「内側の自分」をすっかりと他人に見透かされる恐れを抱いている。それは先生が「外側の自分」と「内側の自分」が一致しているべきだと考えるからで、だから「外側の自分」を見られただけで心が見透かされるように思う不安定さをもっている。

 大人になるというのは、「外側の自分」や「仮面」をじょうずに使いわけることである。先生は複数の自分を使いわけることができなくて、大人になれなかったのである。

 人の視線が恐いという視線恐怖は、他人をモノとして値踏みしてしまう恐怖、他人からモノとして値踏みされる恐怖だといわれている。先生は自分がモノ化されることをたいへん嫌っている。「内側の自分」までモノ化されているように感じるからという。

 先生は叔父に裏切られたために大人になる儀式をおこなえず、Kを相手に「親殺し」をしようとしたのだといわれている。お嬢さんの意志を確認しておきながら、勝つゲームにKをさそいこむことで先生は大人の儀式をはたそうとした。だけれどそのことでkは自殺したのではないという。先生が罪の意識をもったのはこのゲームにひき入れたことか。

 Kは赤面するようになり、先生のような「眼差しを感じる人」になった。閉じられた世界のナルシストであったKには手痛い敗北だったということである。

 このへんは興味深くもあり、もうすこし考えたいこともあるのだが、ややこしくてわかりにくい。

 3章までは内容について、4章5章では時代背景などが考えられている。漱石はなぜお金や相続問題ばかり書いたのか、生前は特別扱いをうけた人気作家だったが、作品ぜんぶ合わせても十万部程度しか売れない狭いマーケットしかなかったことや、女性の謎を前に悩む悩みが商品価値をもっていたなど、その周辺がえがかれている。

 わたしも「外側の自分」をうまく器用に使いこなせず大人になりきれていないのかもしれないと思ったね。「外側のだます仮面」を用いられないといったほうがいいか。

 この外側と内側の乖離はフォヴィンケルという学者がモデルとしてのべていたが、翻訳もされていないようだし、ネットにも名前すらあがっていない。宮廷貴族でのウソとだましあいの世界<政治的賢さ>と、外側と内面が一致したルソー的理想の<美しき魂>。岡原正幸の『ホモ・アフェエクトス』にとりあげられていただけである。
 

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