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08 12
2013

書評 小説

大衆社会論?―『俺俺』 星野 智幸

4101164525俺俺 (新潮文庫)
星野 智幸
新潮社 2013-03-28

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 よくわからなかったね。オレオレ詐欺をしたらその家族にじつの息子として受け入れられたあたりまでの話はわかるのだけど、ほかの人も「俺」になってしまう状態がわからなかった。

 画一的で均質的で、だれとでも交換可能な俺ということをテーマにしているのだろうか。そういうヨミなら興味あるということでこの本を手にとったわけだけど、物語からそういうメッセージをなかなか受けとれなかった。もっとほかの表現方法はなかったのかと思うけど。

 流されたり、まわりの染められたり、人の目を気にして自分を殺したり。そういう「俺」が――交換可能な俺がどんどん増殖していって、俺の区別がつかない。まあ、そういうことをいいたいんだろうけど、他人が「俺」になる状態というのは意識がどうなるのか理解できなかったので、そこらへんは拒絶反応。

 そういう俺を鰯の群れ状態として比喩をもちいているのだが、あれはたしかに流されてほかとまったく異ならない群集の表現としてはぴったりだね。

 これはいわゆる「群集論」や「大衆社会論」のひとつとして考えていいのだろうか。リースマンの『孤独な群集』の均質化する人の群れがいちばん近いのだろうか。キルケゴールやニーチェ、オルテガ、J・S・ミルなどらが恐れと驚きとともに警鐘を鳴らした「ほかとまったく異ならない人たち」。

 この作品はそういう系譜のひとつとしてえがかれたのかな。けれど、わたしにはメッセージやいいたいことがよくつたわらなかった。

 後半になると俺が増殖して、殺し合い状態(削除とよばれる)になるグロテスクな描写になるのだけど、しまいには食べられることによって、俺は必要とされている、幸せを感じるというおそらく最大の皮肉をこめた批判をおこなっている。

 テーマとしては興味あるものをあつかっていると思うのだけど、画一化・均質化する大衆批判としてはつたわることがなかったといえるかな。

 なおこの作品、映画化されたということだけど、映画だったら俺が増殖するさまがわかりやすくなっているかな。また大江健三郎賞受賞ということだが、この賞ひとりで決めている賞なんだよね。


ファンタジスタ (集英社文庫)目覚めよと人魚は歌う (新潮文庫)無間道ロンリー・ハーツ・キラー (中公文庫)アルカロイド・ラヴァーズ


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