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07 21
2013

書評 小説

イノベーション待ち―『短篇小説講義』 筒井 康隆

51b+NtO--zL__SL500_AA300_.jpg短篇小説講義 (岩波新書)
筒井 康隆
岩波書店 1990-06-20

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「短編小説というのは、よくできましたといって三重丸をつけてやりたくなるようなものがやたらに多いので困ってしまう」 田辺聖子



 模範的な短編小説があると思われているようだね。それに対して筒井康隆は「何を、どのように書いてもいい自由な文学形式」と批判する。

「彼(カルチュア・センターの講師)はただ、何か今までにない新しいものを書けと言うだけでは何も教えたことにならないので、しかたなく従来の短編小説作法を教えているだけなのだ」



 筒井康隆はこの本の中でそのカルチャーセンターの講師よろしく短編小説の講義をする。ディケンズ、ホフマン、ビアス、トウェイン、ゴーリキー、マン、モームといった面々の短編。

その時代を表現する最も新しい小説を生み出すためには、まずそれまで書かれた小説や同時代の小説をいやというほどたくさん読み、それに飽きあきしなければならない」



 飽きあきというのがポイントで、なにも知らなければよいというわけではない。小説ってイノベーション待ちで、それは既知の中から生まれるのか、それとも未知ゆえに生まれるものか。


 筒井康隆はサマセット・モームを「なんとなく教養主義的な雰囲気を持つ作家で、作品は格調の高い文章で書かれていて、内容も高尚で難解であったという印象を持っている」というのだが、わたしはモームは通俗作家だといわれているとばかり思っていた。

 モームはどこからでもはじまり、消えるように終ってしまうチェホフ流の流行に飽き飽きしていたようだね。事件が出てくるのを怖れる傾向があり、なにも事がおこらない退屈な話の洪水である。モームはだから「ねらい」とか「おち」を怖れず、ストーリー満載の飽きない物語を書こうとしたのだろうね。それがこんにちの通俗作家という評価になっているのだろうね。


 初期のトーマス・マンのテーマが「芸術対人生」、「芸術家対市民」、「凡俗の人とアウトサイダー」といわれているけど、これはヘルマン・ヘッセでもサマセット・モームのテーマでもとりあげられていたね。いわば「レールの人生」と「それをふみはずす人生」の対比だろうね。わたしは文学や思想に「ふみはずす人生」の慰めと正当化を求めてきたような気がするね。



 筒井康隆は詩や小説になれしたしんでしまうと社会経験皆無でも人生がわかってしまったような気がするようになってしまうといっているのだけど、そんなことあるのかな。それで恋愛に過大な期待をいだいて現実の幻滅したりするといっている。わかったような気になるもの?

 小説は社会体験がなくても想像で書けるものかと言及しているのだが、観念的な小説になるきらいがあると断わった上で、こういっている。

「大学生時代に処女作を書いて文壇に登場したひとが多い事実は、小説が決して豊富な社会体験、年季の入った技巧、長い年月の思索などによるものだけでないことを示している。

現実から虚構を生む想像力といったものは、いかに周囲が教育しようが本人が努力しようが若いうちはどうにもならない場合がほとんどだから、やはり「才能」「天才」という以外にないのだ」



 小説ではないのだけど、戦後のサラリーマン漫画の代表だった東海林さだおは本人はサラリーマン経験がぜんぜんないという経歴を思い出したね。人はナマの体験談から出るものより、ステレオタイプ的な見方のほうを採用しやすいのかもしれないね。

 想像や構想によってわかると思える人と、体験したり経験したことでないとわからないと思う人。小説は想像が現実を凌駕すると信じられている人に書かれるのだろうね。


▼ふみはずす人生といえば
車輪の下 (集英社文庫)月と六ペンス (新潮文庫)荒野のおおかみ (新潮文庫)オン・ザ・ロード (河出文庫)アウトサイダー(上) (中公文庫)


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