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07 18
2013

書評 小説

「これが人生というものか」―『短編小説礼讃』 阿部 昭

4004203473短編小説礼讃 (岩波新書 黄版 347)
阿部 昭
岩波書店 1986-08-20

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 86年に岩波新書から出されてベストセラーとなり、二、三年は短編小説について論じることがブームとなったと筒井康隆がいっている本である。阿部昭は作家らしいのだが、わたしはほとんど知らない。

 読むのに間があいてしまったためか、後半からのマンスフィールドの章「これが人生というものか」の内容がけっこう印象にのこったかな。

「「理想や思想が欠けている」とか「問題を扱っていない」とか苦情を持ち込まれたチェーホフが、それに対して作家の仕事は問題を解決することではない、この人生をただあるがままに描くことだ、と答えたことはよく知られている。

彼は、物を書く人間はこの世のことはなにひとつわからないと正直に白状したほうがいい、とも言っている。晩年のルナールも、「人生というもの、それがますます私にはわからない、そしてますます好きになる」と『日記』に書いている」



 小説って人生について書いていたんだね。学問はわかること、解決するために書かれたり、わかっていることが教えられるわけだけど、小説家はその役割を投げ捨てるわけね。ある意味、人生なんかわかった人なんか思い込みの宗教家しかいないだろうね。仏教の悟りも人生ではなくて、認識のあり方に悟ることなんじゃないかと思うけどね。

「物語が『筋たっぷり』であればあるほど有り難いなんて言うんですよ。どうです、その言い方! 私は髪が総毛立つ思いがしました。素敵な『筋たっぷり』の小説をどうぞ、ですって。世間ってほんとにおかしなものです」



 マンスフィールドの嘆きだけど、チェーホフもおなじように考えていたようだ。

「われわれはどういう問題を引き出すのでもない。われわれも「これが人生というものか」とつぶやくだけである」



「チェ-ホフやマンスフィールドがあんなに繰り返した「人生」はどこに行ってしまったのか。いつから小説の人物たちは「人生」を口にしなくなったのか」



 小説って人生を問うていたのかというか、人生とはなにかと人生を素材のままに放り込んでいたから、問題を限定しがたい題材をあつかっているように見えるのだろうね。

*

 この本全体で論じられていたことはとうていつかめなかったので、気になった文章だけ書き残す。

「本というものがわれわれの人生に深い感化を及ぼすのは、おそらく幼年時代だけである」 グレアム・グリーン



「人生は、この上もなく多種多様な、突発的な、相反した、ちぐはぐなものばかりで出来ている。残忍で、支離滅裂で、脈絡がない。説明不能の、非論理的な、矛盾だらけの、三面記事に組み込まれる異常事に満ちている」 モーパッサン



「あたしがあの子にしてやったことを、今度は向こうがあたしにしてくれてもいいのに…… ああ! 母親なんて哀れなものだ! 何もかもあげて、一つも返してもらえない。いつも相手にしてもらえない愛人みたい」 ドーデ『アルルの女』



「一人の女を、自分の女房を知るにはな、にんじん、何年もかかるんだ。で、それがわかった時はもはや手遅れなんだ」 ルナール『にんじん』




「生きて行くことは「いやになってしまった活動写真を、おしまいまで見ている勇気」」 太宰治




「男でも女でも文学に魅入られた人間は、余人には理解されないような大きな代償を払わされる。まずは人並みの安楽も幸福もいっさい断念するところから出発する他はない」




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