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06 04
2013

セラピー・自己啓発

仏教の虚妄世界は読み解けるか―『生物から見た世界』 ユクスキュル

4003394313生物から見た世界 (岩波文庫)
ユクスキュル クリサート Jakob von Uexk¨ull
岩波書店 2005-06-16

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 ユクスキュルの『生物から見た世界』はまえから読みたいと思っていた。仏教の世界観でこの世界は幻想や幻であるといわれていることを、現代科学から説明されているような本はないかとさぐっていたからだ。

 映画の『マトリックス』ではこの世界は「仮想現実」であるといったストーリを展開している。われわれが見る世界は仮想現実や幻想であるといった実感を、生物学から得られないだろうかという読み方としてこの本を手にとった。

 『大乗起信論』ではこういっている。

「(真実を知らないために)心が動くと、(そこに主客の対立があらわれ、心は主観として、対象を)認識、分別する。もし心の動きがなければ、心が主観として対象を見ることもない。

心が動いて主観としてはたらくとき、真実には存在しないのに対象がそこに現れる(妄現)。もし心が主観としてはたらくことがなければ、客観も成立しない」



「世間の一切の認識対象は、すべてこれ衆生の(根元的無知)にもとづく妄心のはたらきによって現象しているのである。それ故、一切の現象は、鏡の中に現れる影像と同じく何ら実体のあるものではなく、ただ心(が現し出している)だけで虚妄である。何となれば、心がはたらきをおこすと種々の現象が生じ、心がはたらきを止めれば、種々の現象もまた生滅するからである」



「一切の形あるものは本来、心にほかならないから、外界の物質的存在は真実には存在しない」



 これはわれわれの知覚世界のことをいっているのだろうか。物質世界もほんとうに存在しないというのだろうか。人間の思考やものごとの認識は、虚構や想像といった領域でくみたてられており、それに実体がないというのはわかる。でも知覚や物質世界にかんしてはどうも疑問が払拭できない。

 環境というのは主体のまわりにただ存在しているものだが、ユクスキュルのとなえる「環世界」は主体が意味をあたえて構築した世界のことである。『大乗起信論』でいわれていたことはこの「環世界」に近いことなんだろうか。

 仏教的世界観からのアプローチで読んだのだけど、大きな示唆を得るような啓発にはべつに出会えなかった。この本のおもな目的は機械論とか反射論に反するものを提出したかったかのようである。いろいろな生物の環世界の実例や興味魅かれる例がたくさんのべられていたら、人間の環世界と異なった世界を実感できたかもね。


「この幻想は、世界は一つしかなく、そこにあらゆる生物がつめこまれている、という信念によって培われている。すべての生物には同じ空間、同じ時間しかないはずだという一般に抱かれている確信はここから生まれる」



 生物はその種独自の世界を生きている。この世界に同じ環境のなかに生物は生きているというより、人間という種に知覚される世界に住んでいるのではなくて、それぞれまったく違った知覚世界を生きている。それぞれの生物はシャボン玉のようにその生物から発した無数の世界(環世界)に暮らしているのである。

「主体から独立した空間というのはけっしてない」



 これって仏教とか神秘思想がいっていたこととまったく同じであって、対象は心であり、目であるといった洞察とおなじことをいっているね。心から独立した対象も世界もない。

「時間こそは客観的に固定したものであるかのように見える。だがいまやわれわれは、主体がその環世界の時間を支配していることを見るのである。これまでは、時間なしに生きている主体はありえないと言われてきたが、いまや生きた主体なしに時間はありえないと言わねばならないだろう」



 むかし『ゾウの時間、ネズミの時間』という本が売れたことがあったね。こういうことをいっていたのかな。時間は客観的にあるのではなくて、生物の中にある。

「いずれの主体も主観的現実だけが存在する世界に生きており、環世界自体が主観的現実にほかならない、という結論になる」



 SF映画であるとか機械センサーによって、人間の知覚器官だけでは見えない世界の存在もよく知ることができるようになっているね。われわれは人間の「環世界」を自明のもの、ほかの生物も同じ世界に生きていると思い込みやすいのだが、それぞれの生物はまったく違った世界を見て、生きているのだろうね。

 仏教のいっていた世界観とはこういう人間の知覚器官に限定された世界の外側のことを示唆していたのかもしれないね。自明とされるこの世界の空間も時間も、人間という種に限定されたひとつの虚像、幻かもしれないね。でも人間にはほかの環世界を体験することはできないのだけどね。

 『大乗起信論』で語られていた世界はこういった「環世界」のことをいっていたのかな。


4003330811大乗起信論 (岩波文庫)
宇井 伯寿
岩波書店 1994-01-17

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4480090975動物と人間の世界認識―イリュージョンなしに世界は見えない (ちくま学芸文庫)
日高 敏隆
筑摩書房 2007-09-10

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