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05 26
2013

書評 小説

学術書ばかり読んでいるとね―『ゆっくりさよならをとなえる』 川上 弘美

4101292337ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)
川上 弘美
新潮社 2004-11-28

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 学術書ばかり読んでいるので作家のエッセイなんて読むのはひさしぶりだ。気の抜けたビールや味のないガムのようだw

 学術書は一行一行、一文一文、価値のある言葉や意味の充実がつまったメッセージだらけだ。よっていい本は赤線ばかり引く。だけど作家のエッセイでそんな行にめったに出会わない。

 ただ情景や情感をかもしだすために文が書かれたり、雰囲気を味わうための文がひじょうに多い、というか中心だ。

 だけど、こういうのは価値はないとは思わない。学術書とは目的が違うし、伝える中心のなるものが違うのだろう。学術書は明示的なメッセージをおもにつたえるのだが、小説のエッセイは情感や情景だけをつたえたいのかもしれない。わたしはそういう情景ムードに価値を読むとる力をすっかり失ったのだけどね。

 この本で赤線をひきたかった文は、自分で読むとおもしろくなかった本が母に読んでもらうとめっぽうおもしろくなった、貧乏な若い絵描きは人生を愉しむすべを生まれつきもっている、釣り人はどんなときでもいるね、台風のときでも大晦日でも正月でも、といったところかな。

 作家のエッセイというのは力を抜いているというか、脱力系のものが多いね。おもな力は作品にそそいで、エッセイは日常や身辺雑記を書く。どちらかというか、ファンの方が作家の日常をたのしむといった趣向が強いのかな。

 学者や専門家の日常や身辺雑記を知りたいという人はそう多くはいないのだが、作家はアイドルや俳優に近いファン層をもつものね。

 一行一行価値ある文章を読みたいというわたしは、情感を感じる作家のエッセイに物足りなさを感じてしまうのは、もう趣向や目的がまったく違う道を歩んでいるからだろうね。


▼名エッセイスト?
役にたたない日々 (朝日文庫)一年の風景 池波正太郎エッセイ・シリーズ2 (朝日文庫 い 10-7 池波正太郎エッセイ・シリーズ 2)父の詫び状 <新装版> (文春文庫)百鬼園随筆 (新潮文庫)寺田寅彦随筆集 (第1巻) (岩波文庫)

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