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05 15
2013

書評 小説

苦悩や苦痛とひきかえの作品の命―『文豪はみんな、うつ』 岩波 明

4344981774文豪はみんな、うつ (幻冬舎新書)
岩波 明
幻冬舎 2010-07

by G-Tools


 近代の文豪たちはどのような精神的な症状で苦しめられてきたか。

 十人の文豪たちのパトグラフィー(病跡学)はとても興味深いし、状況や背景なども知れて感慨深いものがあるのだが、「で、なにをいいたかったの?」となるとすこし疑問が残ったかな。

 命名や分類がおもで、「なぜそういう病に追いつめられなければならなかったのか」とか「どうすればよかったのか」といった改善や処方箋のほうにはちっとも目が向いていなかったのではないかな。

 げんざいはポジティブ心理学や自己啓発がさかんな時代で、精神的な症状はアクションや処方がめざされるのがふつうになっている。文豪たちはこういう症状に悩まされていたという報告だけでは、あまりにも「利用価値」がすくないのではないかといえないか。

 文豪の病を抜き書きすると、漱石は「だれかに監視されている」とか「だれかにつけられている」みたいな現代でいう「電波」な被害妄想に追われていたみたいだね。有島武郎はくり返しうつになっていたという。芥川龍之介は「神経衰弱」とかいわれていたが、統合失調症までではなくて、うつ病が妥当だとか。

 当時大ベストセラー作家だった島田清次郎は誇大自己と尊大なふるまいがまわりのひんしゅくを買ったとか。宮沢賢治は躁うつ病だったとか。中原中也は被害妄想もみられて統合失調症のうたがいを否定できないと。島崎藤村はうつ病というより、不幸な人生つづき。

 太宰治は神経衰弱、境界例や操縦型人格とかいわれてきたが、うつ病であると。谷崎潤一郎はパニック障害で、汽車に乗るだけではなく、映画館や床屋も恐怖の対象となったようだ。川端康成はうつ病の徴候はなく、不眠症に悩まされており、健康状態の悪化が自殺のひきがねになったと考えられると。

 近代の文豪というのはどうしてこうも不幸で自殺者が多かったのだろうね。この10人のうち重症の精神疾患と思われるのは7人、4人が自殺している。

 近代の小説というのは、苦悩や悩みに価値をおいて、その考察や記述に深い意味を見出していたのだろうね。そうすれば作家たちは苦悩や悩みに「焦点」を合わせつづけることになる。不幸にならないわけがないといえるね。「不幸と悩みのヒロイズム」というものが流行っていて、作家たちはその魔手にひっかかったのだろうね。

 禅やトランスパーソナル心理学では、思考や悩みに「同一化」することがその苦悩を増大させ拡大させるという理論をとなえている。「それしか」なくなってしまうのだね。

 禅や瞑想でおこなわれるのは、思考の「脱同一化」というメソッドである。思考や悩みの「脱同一化」、「脱焦点化」というメソッドがおこなわれれば、苦悩や悲観を空や景色のように「他人事」とみなす視点を得られる。焦点を合わせる感覚はその力の増大と肥大が招かれるものなのである。

 近代の文豪たちは悩みや苦悩の「同一化」という悲劇にはまってしまい、そこから抜け出せなくなってしまったのだろうね。

 「観念」や「考えること」の「病」であり「不幸」が、文豪たちを鷲づかみにしたのだろうね。観念や思考を捨てるという禅や仏教の伝統のある国に生まれていながら、西欧化をめざした近代国家は伝統に学ぶことができなかったのだろうね。

 でも精神疾患や自殺するほどの苦悩や悩みに押しつぶされた文豪たちの作品にはそれだけの価値があるという人生をトレードオフした価値観が付与されているのだから、かれらは苦悩とひきかえの作品の価値を得たといえるだろうね。作品の生命のために玉砕したのが近代の文豪たちかもしれないね。


▼作家のパトグラフィーの本はもっとたくさんあると思うのですが。
精神科医が読み解く名作の中の病神経症者のいる文学―バルザックからプルーストまで精神医学からみた作家と作品天才―創造のパトグラフィー (講談社現代新書 (721))

天才の心理学 (岩波文庫 青 658-1)天才と分裂病の進化論狂気の文学―作家は精神異常をいかに表現したか (1973年)異形の心的現象―統合失調症と文学の表現世界

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