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05 04
2013

セラピー・自己啓発

瞑想がめざすのは思考の「脱同一化」ということ

 思考の「脱同一化」という捉え方は重要な見方である。

 わたしたちは思考「そのもの」、思考以外に「わたし」がないという思い込みに捉われている。そのために思考や感情の奔流から逃れられないようになっている。

 「脱同一化」という言葉は、その思考にどっぷりな状態から距離をおくことを教えてくれる重要な知恵である。

 じつは禅や瞑想でめざされるのは、この思考の「脱同一化」である。

 禅や瞑想でいわれるのは、思考の流れを雲や空のように自分と関係なく流れるものと見なす視点を得ることである。浮かんでは流れる思考を、距離をおいてながめられるように訓練することが禅や瞑想である。

 けっきょく、わたしたちは思考以外に「自分」はないと思っている。思考こそが「わたし」で、頭の中の空想や想像こそがわたし「そのもの」と思い込んでいる。

 だけど、思考はわたしの「全部」ではないし、わたし「そのもの」でもない。思考はわたしの「一部」にすぎないし、わたしたちはいろんな場面で思考をなくす瞬間を経験している。行動していたり、熱中していたり、われを忘れる体験のときは、思考をすっかりなくしている。この無思考の状態を自覚的にたもたれるようになることが禅や瞑想でめざされることである。

 思考の「脱同一化」がなぜめざされるかというと、思考にどっぷりな状態では、想像や虚構にすぎないものが現実の恐れや恐怖として感じられるし、思ったり感じたりすることによってひき起こされる感情や情動の奴隷や囚人になってしまうからである。

 思考と「同一化」してしまうと思考の恐怖や悲しみの監獄に閉じ込められることになるし、出口も逃げ場所もないように思えてしまう。思考はどこまでもリアルに迫ってくる悪夢として襲いかかる。思考「そのもの」、思考「しかない」と思い込んでしまうと、その悪夢から逃れることができないのである。

 思考がわたし「そのもの」、思考以外に「わたし」はいないという思い込みにつかっている人は、この悪夢から逃れる方法をひとつも見出せない。

 だから禅や瞑想では、思考は「わたし」ではない、思考は雲や空のように自分の外の流れる景色のようにながめる方法が教えられる。思考どっぷりな悪習慣からの解放がめざされるのである。

 わたしたちはこういう知恵をだれかから教えられることはほとんどない。思考こそがわたしであり、思考以外にわたしはないという思い込みから抜け出られることはない。それで思考と感情の悪夢からいっときも抜け出ることはできないのである。

 「脱同一化」という言葉は思考「そのもの」になってしまう悪習慣がまちがいであるという知識を教えてくれるたいせつな言葉である。



追記

 この文章は諸富祥彦の『生きづらい時代の幸福論』において、この「脱同一化」がジェンドリンのフォーカシングの項目で紹介されており、その重要性にふたたび気づいたから書きたくなった。

 ただ、わたしはこの「脱同一化」はトランスパーソナル心理学の文脈のなかでよく学んだ概念だったと思う。

 ロジャー・ウォルシュ+フランシス・ヴォーンの『トランスパーソナル宣言』にこういう一節がある。

「ところが、その思い(「自分はおびえている」という思い)に同一化してしまうと、その瞬間におけるリアリティは、その個人がおびえていて、ありとあらゆる恐ろしい思考や感情を生起させ、それらに同一化し、さまざまな得体の知れない感覚を恐怖と解釈し、世界を恐ろしいものと知覚し、恐怖にかられた行動をするという方向に向かっていく」

「いまやこの思考は見られうる何かではなく、そこからほかのすべてが見られ、解釈されるところのものとなっている」

「苦痛に満ちた思考や感情の同一化がなければ、苦しみの経験はない」



 クルシュナムルティはいつも思考を風景や景色のようにながめろというのだが、これは言葉を変えていえば、思考の「脱同一化」を説いていたことになる。禅や瞑想でもそういうことだね。

 わたしはリチャード・カールソンの『楽天主義セラピー』にこの思考の脱同一化をひじょうに学んだ。諸富祥彦はカールソンをポジティブ・シンキングに算入しているのだが、とんでもない。

 思考の脱同一化は感覚的になかなかわかりにくいもので、「思考は思考にすぎない」ということを感覚的に理解するために、たとえばウェイン・ダイアーとか、ジャンポルスキーとか、ノーマン・ピール、ストア哲学とかの自己啓発に学ぶことも多かった。

 ジェンドリンのフォーカシングに「脱同一化」の方法がそんなにとり入れられていたとは知らなかった。

 思考の「脱同一化」はまだトランスパーソナル心理学系や宗教系の知識でしか学ぶことができないだろうから、早くもっと一般のほうまで広まるほうが懸命な知識だと思う。

 思考と感情の牢獄の囚人でいるのはあまりにもつらいことであると思う。

 
 トランスパーソナル宣言―自我を超えて (トランスパーソナル心理学シリーズ)リチャード・カールソンの楽天主義セラピー生きづらい時代の幸福論  ――9人の偉大な心理学者の教え (角川oneテーマ21)愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。自省録 (岩波文庫)

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