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03 30
2013

TV評

どうして彼女たちは自尊心を失ったのか―『自虐の詩』と『イグアナの娘』と『やまとなでしこ』から

 映画の『自虐の詩』を見たが、これは自己評価が究極に低い女性が描かれている。低い境遇や運命をあたりまえにうけとめて、自虐のなかにもささいな幸福をみいだすという精神構造ができあがってしまっている。

 このような自尊心の低い女性が描かれた物語では『イグアナの娘』というドラマを思い出した。ここでの女性は母からしいたげられ、すっかり自信と自尊心のない女性に育ってしまっているのだが、自尊心をとりもどすまでの過程が描かれている。

 『やまとなでしこ』というドラマがあったが、この女性は自信満々で高慢に金持ち男性をあさる利己的な女性なのだが、根本には貧乏で自己評価の低さというコンプレックスの反動だったことがわかる。

 これらの三つの物語はいずれも自尊心や自己評価の低い女性がえがかれているのだが、自尊心をとりもどしたり、真の自己にめざめる成長がえがかれている。どうして彼女たちは自己評価を損じて、またどうやってとり戻したのか、そういったことを考えたいと思う。


幸江はなぜ自尊心を壊滅させたのか

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▲人から愛される価値があることが信じられない幸江


 『自虐の詩』の幸江は貧乏なうえ、母に捨てられ、父が犯罪者になってしまうという境遇のなかで自尊心を壊滅的にしてしまう。自分には価値がないという思いにとりつかれ、売春婦にまで身をおとして自己を軽んじる気持ちしかもてなくなってしまう。

 だからイサオに求愛を受けても、自分の愛される価値はないと思い込んでいる幸江には冗談かバカにしているとしか思えない。自己評価の低い人間は、人に愛される、価値を承認されるという対応をうけいれることができない。幸江はここで自殺未遂をおこなってしまうのだが、自己評価の低い自分にたえられなくなったからだろう。これは再生への象徴でもある。

 といってもそののちの幸江は虐げられた女性のままである。イサオは働かないで幸江の仕事で養われているし、ちゃぶ台をひっくり返されつづけてもイサオと別れる気はないし、イサオを立てつづける。幸江がイサオを見放さないのは自己肯定をあたえてくれた唯一の承認者だったからだろう。幸江はイサオに愛されることによってはじめて自己承認を得ることができた。

 マンガでは自虐的な境遇にありながらも幸福や喜びを見出すマゾ的な幸江が多く描かれていたと思うのだが、回想シーンをはさんで幸江は自己評価を上げたはずなのだが、まだ自己評価の低い境遇に甘んじる幸江の現在は終っていない。承認や肯定をほんのわずかに与えられながら、ささやかな幸せに満足する人生が描かれている。

 このマンガは自己評価の低い女性のゆがんだ幸福が笑われる作品だったと思う。映画では幸や不幸なんてないのだという独白がラストに語られる。


イグアナとはなにか

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母から愛されることのなかったリカ


 『イグアナの娘』は母に虐げられることによってすっかり自信のない女性に育ってしまうのだが、自信と自尊心がとりもどされるまでの過程をえがいたドラマである。

 母にはなぜか娘が醜いイグアナに見てしまう。だから娘に冷たく当り、娘のリカは自信と自尊心のない少女に育ってしまう。

 このイグアナというのは劣等感や自尊心のなさを象徴したものだと思う。母には娘がイグアナに見えてしまうというのは母自身の劣等感が投影されたものであり、娘のリカは母の劣等感をそっくりひきついでしまう。醜形恐怖症という説明もあるが、母につらく当られてできた性格が容貌だけに集中するだろうか。

 リカは友だちの励ましや昇という男性の承認を得ることによってじょじょに自信をとり戻してゆく。リカは成績がいいのだが、自信や自尊心はまったくない。存在を母から愛されるという経験をしていないからである。

 自己評価や自尊心には愛されることと、能力が認められることのふたつが必要だといわれる。存在を認められるだけでは肯定感を得られないし、能力だけを認められても自己評価は欠乏する。青島リカのばあいは母の愛の欠如のために自己肯定を得られない。

 『自虐の詩』と『やまとなでしこ』のばあいは貧乏だったために自己肯定感を得られなかった。青島リカは母娘の関係によって自尊心を破損させてしまう。前二者のドラマが能力の欠如をうたったものだとすると、『イグアナの娘』は存在の肯定、愛を得られなかった女性の物語である。

 日本の社会に敷衍すると能力だけが評価される社会に進展しつづけている。貧乏はその能力欠如のしるしである。ドラマの主人公たちは能力を認められようと奮闘するのが多くある形である。能力だけにすすんだ社会を批判するときには、貧乏でも愛があるといったテーマがつくられやすい。青島リカは能力はあっても愛がないという日本社会を象徴するすがたであったかもしれない。

 リカが自己肯定感を得てゆく最中にこれまで励ましてくれた親友を失ってしまうことになる。これは自己肯定感を得るのはだれかのサポートだけではなく、自分の力で、自分ひとりの力で立たなければならないというメッセージなのだろう。

 自信と肯定感をリカが得てゆくと母には自分のすがたがイグアナに見えてしまうという転機をむかえる。娘に投影していた劣等感はようやく自身にひき戻され、それが自分のものだったという象徴である。だけど娘の自立を許せない母はさいごには娘を救うようなかたちで死をむかえる。リカ自身にとっては劣等感の消滅を意味するのだろう。

 青島リカは自立や自信をとり戻したあとも自分のすがたがイグアナに見えることには変わりはない。劣等感や自己評価が低くくとも、ともに生きてゆこうということなのだろう。拒絶されるものでなくなったとき、イグアナは受け入れられるものになったのである。


神野桜子を金持ち志向にしたもの

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▲「父ちゃん、ごめん。ウソつかせて」


 自尊心のない女性のなかに『やまとなでしこ』の神野桜子を入れることは違和感があるだろう。高慢で高飛車で功利的に金持ち男性を漁る女性にとてもそんな影がさしていることは認められない。

 しかし彼女をこんな利己的なハンターにしたのは貧乏であるという自己評価の低さである。この自尊心の欠如ゆえに彼女は鎧のような功利性を身につけたのである。心の底には低い傷つけられた自尊心がある。

 ある意味、この女性もひじょうに日本社会や高度成長期以降の経済主義として象徴されているといえないだろうか。貧しい社会から豊かになろうというかけ声のもとで急成長をとげたのだが、自尊心は低いまま、幸福でゆたかな気もちはいつまでも味わえない。愛や心の欠如だけで心は吹きすさぶといった状況と同じである。

 ビジネス的、商業的なハンター性質だけを身につけたのが神野桜子である。愛がまったく欠如しているのである。そうなったのは貧乏という能力の欠如による自尊心の壊滅である。功利的なハンティング性質はその鎧である。

 先ほど自己評価が満足させられるのは能力が認められることと、存在自体が愛されること、承認されることだといった。桜子には能力だけの承認を求めて、存在自体が承認されるという志向性がまったく失われていたわけである。乾いた、がさがさの怜悧な能力の承認欲だけが先鋭化していたのが桜子なのである。それはビジネスに特化した日本社会にもいえることである。

 能力だけが承認されて、存在していること、ただ「ある」ことに承認がなされない日本社会になった。『やまとなでしこ』の桜子は能力だけでは満たされない、存在を承認された満足を得られないことに気づいた女性の象徴ではないか。

 こういった能力が欠如して役にたたないものがなぜ人々に必要なのか、言葉で理解できがたいビジネス特化社会をわれわれは生きている。役に立たないものははじき出せ、じゃまであるという社会である。それゆえにただ在しているだけで承認され、ゆたかさを感じられる気もちはどんどんそぎ落とされてゆく。排除していけばいくほど、われわれはますます不全感、満たされない気持ちを募らせてゆく。

 貧乏でいじめられて泣いていた子供はいまもずっと泣いているということになるだろうか。


自尊心の欠如と回復

 これら三作を整理してみよう。

 能力を欠如したゆえにそれに特化したのが神野桜子。能力の欠如からはいあがれないままだけど、愛の承認を得たのが幸江。いずれも能力の欠如は貧乏というかたちであらわされる。

 愛の欠如ゆえに自尊心をもてない青島リカ。リカは能力はあるのだけど、愛の承認がない。

 幸江は能力の欠如=貧乏なままだか、ささやかな承認を得ることで幸福を感じる。

 桜子は能力志向を断って愛を選ぶ。承認を求めていたのはそういうことではないと悟る。

 リカは母から否定されていた自己肯定感を、友だちや恋人の励ましによってみずからが得てゆく。

 これらの物語は自尊心の欠如から出発している。自尊心や承認を得るかたちはさまざまだけど、自分に必要だったもの、自分に合ったものを見つけてゆく。

 ここでは言及しなかったが、『リッチマン・プアウーマン』の能力のあるカリスマ起業家の日向徹は母から捨てられた子どもである。能力があると母の愛=人々の信頼や承認を得られると思っている。だけど愛の欠如は母の愛でないと埋められないのである。それが母の名を偽名に語った真琴でとり戻されようとする物語である。

 わたしたちはさまざまな欠損感や承認のなさを感じながら暮らしている。自尊心の欠如したすがたはわれわれ自身のすがただろう。だから彼女たちが承認や肯定感を得てゆくとき、とても感動するのである。われわれ自身の欠如を埋めてくれるように思うからだろうか。


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