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02 22
2013

書評 小説

故郷と青春への思慕―『郷愁―ペーター・カーメンチント』 ヘルマン・ヘッセ

img_1190198_36909262_0.jpg郷愁―ペーター・カーメンチント (新潮文庫)
ヘルマン・ヘッセ
新潮社 1956-09-04

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 四十歳をこえると人生をふたまわり生きたのになにも得ていない、ただ人生が浪費されていったという茫漠とした喪失感にとらわれた。ちょうど満42歳ころの厄年にそういった憂鬱にとらわれたので、神社の厄年もまったく当てにならないものではないなと思った。そういうのを「中年クライシス」というのか、でも三年たったいまはそのころの憂鬱感をすっかりわすれているのだけど。

 ヘッセのこの『郷愁』はふるさとや青春時代をなつかしむような作品と聞いたので、このような喪失感を癒してくれると思ったのだけど、この作品はヘッセの27歳の出世作ということだね。

 老齢になって若いころのふるさとや郷愁を悲しむといった作風が好きで、ゴールズワージーの『林檎の樹』なんかそんな作品だと思って若いころに読んだことがあるのだが、わたしは若いころから老齢になって人生を喪ったと後悔する作品が好きだったようだ。喪われたものは美しいというロマンティズムにとらわれていたのだろうね。

 わたしは小説のあまりよい読み手ではないので、この作品のどこがいいのか、なにを語ろうとしていたのかよくくみとれなかった。ふるさとの美しい景色の描写や喪った恋、青春の疾風期のような物語はあるのだが、着地点の意味をよく読みとれなかった。

 学術書のような本は一行一行に明晰になってゆく意味というものが読みとれて楽しいのだが、小説は読むごとにその意味が茫漠としてイメージのなかに消えてゆくような気がする。どうも学術書の明晰な言葉というものがわたしの性に合っているようだ。

 学術書のような本ばかり好むようになって久しいのだが、ヘッセだけはたまに読みたいようなテーマやメッセージを見つけて読むことになる。漂泊の魂を語った『クヌルプ』、物質・機械文明を批判した『荒野のおおかみ』。学術書のような明晰な理解をえられないで茫漠としたイメージで読後感はおわってしまうのだけど、ヘッセは晩年に東洋思想にちかづいたということなので、またしてもほかの本にひきよせられるかもしれないね。

 この『郷愁』はヘッセ27歳の出世作ということで、どことなくヘミングウェイの出世作『日はまた昇る』に似ているかもしれないね。ヘッセのほうがずっと憂鬱で内面が饒舌なのだけど。青春期を描いたものに近いかもしれないね。

 さいきんはヘッセの顔写真を表紙にした編集本のようなものが出ているね。ヘッセの人となりに魅かれる人が多いのかな。


▼ヘッセという人は神経質でキツそうな顔をしているね。
portrait_6_thumb.jpgportrait_3_thumb.jpgportrait_5_thumb.jpg

林檎の樹 (新潮文庫)文庫 人は成熟するにつれて若くなる (草思社文庫)わがままこそ最高の美徳地獄は克服できる荒野のおおかみ (新潮文庫)

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