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02 11
2013

セラピー・自己啓発

人生の処方箋ではありません―『絶望しそうになったら道元を読め!』 山田 史生

B009KZ44JY絶望しそうになったら道元を読め!
~『正法眼蔵』の「現成公案」だけを熟読する~ (光文社新書)

山田 史生
光文社 2012-04-20

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 ほぼ感銘をうけなかったので、さらりと流そう。

 タイトルから人生の処方箋を期待しそうになるが、そういう本というより、「修行に絶望しそうになったら~」というタイトルのほうがふさわしい本である。人生の絶望から救う本と期待しないほうがいい。

 道元の『正法眼蔵』は現代語訳の抄訳を中公バックスで読んだことがある。ほぼ印象も記憶もないので、わたしには感銘をあたえなかった本なのだろう。いまは河出文庫から現代文で出ていて、『正法眼蔵』に当りたい人はこの文庫を手にとるべきだろう。古文を読んでも得ることはないだろう。

 この本はわれのありかたや認識論的なことをいっているのだろう。ややこしいし、この言葉の文脈はどうもわたしの捉え方の深いところにぜんぜん響いてこない文脈である。こういうありかたに疑問や懐疑をいだかない体質なのか。まあ相性がよくない。

悟りとは「われ」がないことではありません。「われ」が実体ではないとわきまえることです。実体ではないけれども「われ」はあり、ゆえに生滅がある、と」



 このへんは理解するのだけど、つぎの文でそれを否定する。

「「われ」でないというのは、哲学の教科書的には「実体でない」というふうに理解するみたいです。しかし、それだけのことなら、ハイデガーだって、存在の意味を実体性において理解する西洋哲学の伝統を解体することを考えていました。…

そういう文脈で「現成公案」をせっせと読んでみても、「われらが道元は、西洋哲学が二十世紀になって問題にしはじめた『実体性を否定する存在の意味』ってやつを、とっくに理解していたのか。偉いなあ……!」という話になるのがオチです」



 縁起も実体化するのもよくない、われがなかったらよかったという話を道元はしていたわけではないという。言語の実体化におちいるなということなのか。どうもああでもない、こうでもないの文章はわからない。 

「対象を明らかにしようとおもえば自己は無でなければならない、影が映っているなら鏡は透明になっている、といった主体を否定するような見方は、道元のめざすところとはズレているとおもいます。見られている対象が明らかなとき、見ている自己も明らかであると道元は考えています」



 もうね、わからない。

「わたしが死ぬ前であれば、すでに生きているのだから、生まれるべきものはありません。わたしが死んだ後であれば、もはや存在しないのだから、死ぬべきものはありません。じゃあ死になるのは生ではなくてなにかと問われれば、それは「不生不滅の今」であると答えたいのです」



 道元は時間論が気になって読んだと思う。



▼『正法眼蔵』は河出文庫の現代文で。でも04年発売でもう絶版なのね。
現代文訳 正法眼蔵 1 (河出文庫)現代文訳 正法眼蔵 2 (河出文庫)現代文訳 正法眼蔵 3 (河出文庫)現代文訳 正法眼蔵 4 (河出文庫)現代文訳 正法眼蔵 5 (河出文庫)

デリダから道元へ―「脱構築」と「身心脱落」 (ちくま学芸文庫)道元とシュタイナー (ロサ・ミスティカ叢書)道元―自己・時間・世界はどのように成立するのか (シリーズ・哲学のエッセンス)道元の思想―大乗仏教の真髄を読み解く (NHKブックス No.1184)道元の読み方―今を生き切る哲学--『正法眼蔵』 (祥伝社黄金文庫)

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