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01 09
2013

書評 社会学

スクールカーストの物語?―『桐島、部活やめるってよ』 朝井 リョウ

4087468178桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井 リョウ
集英社 2012-04-20

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 スクールカーストをとりあつかった映画ということで、映画で見たかったのだけど、機会を見つけられなかったので原作で読む。

 たしかにスクールカーストの記述はある。でも自分はあまり小説のすぐれた読み手でないので、この小説に描かれている物語がどうスクールカーストに結びつくのはわからなかった。物語やエピソードはスクールカーストとどうつながるの、わかんないという感想。映画見たほうがしっくりわかるかな。

 作中で登場人物の独白がスクールカーストとはどのようなものかという言及をおこなっている。そこからどのように語られているか抜き書きしてみよう。

 ある女子はトップグループというのは、ぱっと見て一瞬でわかってしまうといっている。制服の着方から持ち物、字のかたち歩き方やらしゃべり方までぜんぶ違う気がするという。ほかの階層の男子がやってもぜんぜん似合わない。

 映画部の男子がいちばんスクールカーストに敏感な独白をおこなっている。トップグループの男子たちは制服をどう着こなせばあんなにカッコよく見えるんだろう、自分たちが着るとどうしてこんなに情けなくなるんだろう。

 生徒のランクは全員一致するそう。目立つ人、目立たない人。運動部か、文化部。上か下か。目立つ人は目立つ人と仲良くなり、目立たない人は目立たない人と仲良くなる。目立つ人は制服もカッコよく着られるし、髪の毛にこってもいいし、大きな声でしゃべっても笑ってもいい。目立たない人はぜんぶだめだ。

 自分はだれより上で、だれより下っていうのは、クラスに入った瞬間なぜだかわかってしまう。

 体育でチームメイトに迷惑をかけたとき、自分は世界でいちばん悪いことをしたと感じる。体育でチームメイトに落胆されたとき、自分は世界でいちばんみっともない存在だと感じる。体育というのは小学校でも上と下を寸断するよくわかる目印でしたね。

 ある女子にとってグループは世界だという独白がされる。クラスで三つの班をつくれと教師にいわれると、一瞬で空気がはりつめ、全女子は頭をフル回転させる。自分たちのグループの人数のほかにあまった人をどうひっぱってくるか。

 目立つグループに入れば目立つ男子と仲良くなれるし、さまざまな場面でみじめな思いをしなくてすむ。どこのグループに属しているかで立ち位置が決まる。

 ある女子は、ダサいかダサくないかでとりあえず人をふるいにかけて、ランク付けして、目立ったモン勝ちで、そういうふうにしか考えられないんだろうと彼氏に思われている。だけど自分もそうだろうと彼も思う。

 まあ、こんなところでしょう。スクールカーストや人の序列というのはだれもが知っておりながら、あまり言語化されたり、知識が共有されてこなかったものだと思う。物語に書かれたり、ネットで「スクールカースト」という言葉が生まれたり、研究書が出たりと、知識の蓄積はこれからどんどんおこなわれてゆくだろう。

 この階層はのりこえられ、根絶させられるべきなのだろうか。それとも人の自然な状態としてそこで生きてゆくしかないものなのか。わたしたちは階層や序列というものを客観視して、言語化して、個人や集団がコントロールできるものとして飼いならすことができるようになるだろうか。


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