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01 06
2013

レイライン・死と再生

雌岡山・雄岡山はなぜ男と女にかたどられたのだろう

 神戸市西区には雄岡山(おっこうさん)と雌岡山(めっこうさん)という男と女がかたどられた山がある。そして雌岡山には性器信仰の神体がのこった裸石・姫石神社がある。


 この山はどうして男と女がかたどられたのだろう。

 大地に性を見て、大地の神が交合することによって太陽や収穫の豊穣がもたらされると考えたのが古代人である。この男女をかたどられた山にはどのような神話があるのだろう。 

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こちらが男の雄岡山。三角錐のきれいな山容をしている。

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 こちらは女の雌岡山。ふもとの池は金棒池とよばれ、民話によると金棒で高さ比べをしているところ、「雄岡山の棒」が折れてふたつの山のあいだにささり、そこが池になったという話がある。

 金棒というのはもちろんファロスですね。交接的な暗喩として語られた民話であると思うのだが、恵みや生命をもたらす池や水がそれによってもたらされたといえますね。雨乞いに近いかたちなのだろうか。

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 雌岡山の山頂をすこし下ったところにある裸石神社の性器をかたどった神体。貝殻が敷きつめられている。神殿の裏にまわると隠されたようにガラスの向こうの部屋に納められている。山頂の神出神社はふつうの神殿の神社。

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 こちらは姫石神社の女陰をかたどった磐座といわれているが、まったくなんのかたちをしているのかわからなかった。


 雄岡山と雌岡山の由来によると、夫婦の神であったが、男神の雄岡が小豆島の美人神に惚れて、妻に止められるのも聞かずに鹿に乗って会いにいったという。とちゅう、淡路の漁師に弓で撃たれ、鹿とともに海に沈んでしまった。鹿はたちまち赤い石になり、それが明石という地名の由来になったという。

 これはなにを意味しているのだろうと周囲のレイラインを探ってみたが、どうも雌岡山からの冬至の日没に小豆島の南端が当るくらいである。これは小豆島の南端からは太陽の最盛期である夏至の日の出がこのふたつの山から現われ出ることを意味する。

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 鹿が赤い石になったというのは、日没の夕陽をさしているのだろうか。明石は雌岡山の南北線に位置するくらいである。小豆島に沈むのならわかるのだが、南北線の明石にしずんだのはどうしてだろう。なぜ淡路の漁師なんだろうか。明石は日本の子午線、日本の時間の基準になっている。

 なんだか航海の山アテとしての雌岡山の位置をあらわしているのだろうか。

 太陽の新生・再生を願うのなら冬至の日の出の光線が重要である。だが日没である。このふたつの山が夫婦となって再生や新生をつかさどる神であらなければならなかった理由はなんなのだろう。この山はなにかを生み出すために夫婦であるとされたのだ。

 淡路島は国生み神話でさいしょに生み出された島である。雌岡山の神出神社にはスサノオの命・クシナダ姫、子供のオオナムチが祭られている。淡路島を生んだ神がこの二山に宿ったということなのだろうか。それで男女の夫婦であらなければならなかったのか。でも男は小豆島に浮気にいっているのだが。

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 雄岡山からは明石大橋と淡路島が見える。

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 雌岡山と雄岡山は東西に結ばれていて、それぞれの山から春分・秋分の日の出がのぼり、日没の日が沈むのが見える。つまり太陽が生まれ、死ぬ場所である。それだけでも夫婦のゆえんであるのは十分なのだろうか。

 まあ、たんじゅんな答えとしては、さいしょの国土の国生みとして淡路島が生まれたと日本神話ではされているが、その淡路島を生んだのがこの雌岡山、雄岡山というあたりが妥当だろうか。するとこのふたつの山に擬せられているのは、イザナギ、イザナミということになるだろうか。雌岡山に祭られているのは子のスサノオだからすこしずれているが、淡路島の国生み神話にこの夫婦山は役割をはたした山として刻まれていると考えられようか。

 山や大地には男女があり、実りや豊穣をもたらすと考えていたのが古来の日本人である。こんにちの隠蔽的な性道徳とちがって、性はこの世の実りや豊穣をもたらす神聖なるものであったのである。


4061597698神と自然の景観論 信仰環境を読む (講談社学術文庫)
野本 寛一
講談社 2006-07-11

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結界。国境。

明石は元来は赤石と呼ばれ、由来は二見浦辺りに赤石という小島(岩礁)によるらしい
その沖合い、小豆島と淡路島の間の播磨灘には鹿の瀬という浅瀬があり古来良漁場として有名です。

又、成務天皇の勅命により淡路島の石屋神社(三対山(伝、神功皇后の命名)の岩屋神様=伊弉諾尊(岩屋神と呼ばれていたふしがあります))。を明石に奉迎して岩屋神社を創建に際して、奉迎舟が風波により二見浦辺りに流され、一時、赤石に御休みになった後現在地に奉迎されて神社が成った云々。
海士族の習いとして本拠地の近傍の小島に重要な神様をお祀りするようです。
弁財天(市杵嶋姫=天照大神荒魂/瀬織津媛)の小島、弁天島/エの島/辺津島等は分かりやすい例では
雄岡山の真南が三対山/絵島。
前の明石の岩屋神社の南北線には神社仏閣が整列していて古代大和(三輪山王権?)の結界、西の勢力との境界の様相です、
結界に関して、明石~淡路島の主要神社を結ぶと何やら西向きの北斗七星の絵面が見えて来ます。
又更には、カシオペア座のようにも
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