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12 22
2012

セラピー・自己啓発

世間の物差しを捨てて自分の人生を生きよ―『「善人」のやめ方』 ひろ さちや

4041102839「善人」のやめ方 (oneテーマ21)
ひろ さちや
角川書店(角川グループパブリッシング) 2012-07-10

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 ひろさちやは何冊か読んだらもう同じことしか語っていないように思えるのだけど、この本はサマセット・モームの『人間の絆』を題材にしているから読んでみた。

410213025X人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)
モーム
新潮社 2007-04

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 一度読んだ本を読み返すのは新鮮味がないから、新しく買ってひろさちやの脱力系、出世間の考え方を再注入するという効用でも買うことはあるのだけど。

 ひろさちやの脱力系の人生観はほんとに助かる。安らかになれる。

 この本でいいたいことはこういうことである。

「「立派な人生」だとか「惨めな人生」だとか、そんなものはありません。それを「立派」と見るか「惨め」と見るか、物差しは自分が持っているのです。他人が見て、<おまえの人生はなんて惨めなんだ>と思われたところで、そんなものは気にする必要はないのです。自分さえよければそれでいい」



 世間の人はこれが「正しい生き方」だとか、これが「意義ある人生」だとかの模範的な生き方像というものをもっているようだが、それで優劣をつくったり、正誤をたしかめたりするのだが、そんなものは世間が勝手につくっている物差しにすぎない。自分の人生を他人の評価で○×をつけてもらう必要なんてまるでないのである。

 世間でいわれている「正しい生き方」なんか信奉する必要なんかないのだということがモームの『人間の絆』のテーマであり、ひろさちやもこの本でそういうことをいっているのである。

 世間の物差しや評価で自分の人生をながめるのをやめろ。人生に「意味」なんてない。自分の好きなように自由に生きればいいのだ。

 主客転倒ですね。ふつうの人は世間の基準を自分より上の大きなものにしてしまっているが、そんなものは捨ててしまって、自分の好きなように生きればいいし、他人や世間の評価も気にする必要もない。どうして世間様が評価する○×に従う必要なんてあるのだろうね。

 世間の評価する正しい生き方だとか有意義な人生を送ろうと思っていると、型どおりの他人の期待した「借り物」や「自分の人生」でない生きかたを強いられるだろうし、またそういう生き方ができなかったり、不足していたら、みずから不幸を囲い込むことになってしまうだろう。

 世間の評価なんてじつにバカらしいのである。

 ひろさちやのいっていることは世間の拘束、束縛といったものの脱落をずっと説いているのでしょうね。「脱世間の練習帳・メソッド」。人は世間の基準をみずからにとりこんで、不幸になってゆくのである。

 わたしの好きなトマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』も世間のモノサシから神のモノサシにおいてみよという教えがあり、宗教の意義というのは世間の基準からの解放をめざしているのでしょうね。神にとりこまれるのも問題だけど。自分の人生を生きてください。


400338041Xキリストにならいて (岩波文庫)
トマス・ア・ケンピス
岩波書店 1960-05-25

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うえじん

世間のものさしにとらわれるなという基準もまた、ひとつの世間を形成する。どれだけ自由人であることを示せるかという競争。無限ループ。

ツイッター1000フォロワーまでもう少しですね。
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